第16話 沖水滴宅探訪
びしょ濡れの服を交換し、朝までは貸家だった隣家の玄関を開けると、待ち構えていたように沖水が立っていた。
「邪魔するぞ」
謙吾の後ろからサワも入って来た。謙吾よりも先行していたはずなのだが、まるでタイミングを見計らっていたかのようである。
「邪魔するなら帰ってくれるかしら」
「貴様の指示は受けん。ほら、ケンゴよ、靴を脱げ」
沖水は軽く息を吐いてから、二人を招き入れた。案内された居間には、イグサのゴザが敷かれ、木目調のテーブルを囲って、これまたイグサ地の座布団が置かれていた。沖水の手招きで腰を下ろした謙吾の横にサワも座った。
――一体、いつ準備したんだ? 沖水って、普通に講習来てたし。てことは、朝か、俺が帰るまでのわずかな時間か。買い物行くって言ってたのは、家の片付けと関係あんのか? まあ、どっちにしても沖水が隣に来たってことは、サワ的な何事かなんだろうな……
そんなことを考えていると、いかにも女子好みな、キュートなグラスに注がれた麦茶が出された。謙吾の前、そして自分の前に置いて、沖水は謙吾と対面となる。サワの前にはグラスが置かれず、しかし、それをも見越していたのか、サワはポケットからミニサイズのお茶のペットボトルを出した。
「お前ら、どんだけ仲悪いんだよ」
嘆息が肩こりになるくらいだ。
――サワの分の座布団を取らなかっただけまだましかと思っていたが、よもや茶を出さないとは……
と思っていると、
「忘れていました」
どっから持って来たのか、グラスをサワの前に置いた。お盆を持って来た時にはグラスは、確かに二つしか見えなかった。サワがペットボトルを開け、一口付けた後にである。
「完全にいやがらせじゃねぇかよ。お前達に何があったんだよ」
「ケンゴよ、これくらいのことで私の気が削がれることはないのだ」
そう言いながらも、グラスを持つ手が小刻みに震えていたが。
「謙吾さん、そのことを踏まえて少し話が長くなりますが、よろしいですか」
サワの起伏する感情を完全に無視して、沖水の許可申請だが、その前に
「その前に一ついいか?」
まずは確認に限る。
「サワがさ、プールに出た水の巨人がお前だっていうんだが、違うよな。たまたま物音がしてプールに寄って被害にあったんだよな?」
聞き方が恐る恐るになる。沖水が冷たい視線をサワに向ける。我関せずとばかりに茶をすするサワ。
「間違いありませんよ。私があれです」
「いやいや、だってお前……」
身を乗り出さんばかりに否定にかかるが、
「それも含めてお話しします」
沖水に制せられてしまったら、それに従うしかない。
「私は人間ではありません。海からの者です」
ワンフレーズだった。
「……いや、そう言われてもな。まあ、サワとのやり取りやら、さっきのが真であるとすれば、只者ではないと思うしかないんだろうが、それで合点をせいというのは……」
言葉が途切れる。人間でなくとも、イルカが変身した例もある。発言を完全に否定できない事実を目の当たりにしているのだ。かと言って、人間だって海から進化して地上に現れた生物だろうなどと言って返すのも、真剣に話す沖水には失礼であるように思われた。
「私、半魚人なんです」
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