第18話 サワと沖水の間柄とやら
一段落を待っていたかのように、サワはペットボトルをテーブルに置いた。その音からしてわざと強く置いたのが分かる。
「で、ケンゴよ。私とそいつに本当に訊きたいことが別にあるのではないか?」
謙吾はサワがここに来た理由の見当がついた。沖水への牽制である。沖水が何を吹聴するか知れないと踏んだのだろう。
「お前達の関係性だな、まずは」
「あー、それはだな」
訊かれたくなかった質問が最初に来たのか、サワは歯切れ悪く頭を掻く。
「同学です」
沖水は事も無げに答えた。キョトンとした表情のままの謙吾に捕捉説明をした。
「中学校と言うと、分かりますか? そういうものに該当する、海中の教育機関で机を並べておりました」
「それなら、なんで?」
「謙吾さん、同じ学年とはいえ、クラスメートとはいえ、気に食わない、噛み合わない人はいませんか?」
いないと答えられない。そこまで博愛ではないので、そういう同級生が小・中・高の学校生活で一人でもいなかったわけではない。
「そやつは、物静かな割に運動神経が並外れている」
「そこのは、闊達な割に成績が良かったです」
謙吾の頭に浮かぶ福浦洋介のガッツポーヅ。カテゴライズされているわけではないのだが、元気な者は勉強苦手、物静かな文化系は運動苦手と、どこかそんな傾向が多い。そこが入り組んでしまっている二人。そこが気に入らない点になったとしても、おかしくはない。超テクノロジーや不可思議な術を使える生物種としても、人間関係のややこしいこととそう変わりはない。
「ちょっと待て、沖水。海の中でもその姿だったのか?」
「これはトレーニングの結果です。種々の中この容姿が一番しっくりきたので」
「まあ、そっか。着ぐるみ着るくらいなら……」
ふと思ったことを口にして、謙吾はサワを見てしまった。
「何を見ておる?」
不機嫌そうなサワは、沖水に茶のおかわりを促す。すでにペットボトルも空にしてしまっていた。沖水は実に面倒くさそうに立ち上がり、もう一口で空になる謙吾のグラスもお盆に乗せて行った。
「あいつは、ずっとああなんだ。のらりくらりと」
「あのさ、お前たちって、よく識別できるな。個体差っていうか」
「ケンゴよ、言ったであろう。海の中は広い。人間の認識能力だけがすべてではないのだ。この私達のように、素晴らしい知覚が発達した種は海の中にそれこそ指で数えられん位いるのだ」
ミュージカル風に大の字になって、鼻高々な言いようである。
「人間の嗅げん匂いを犬が分かるようなもんか?」
「ケンゴよ、お前と言うのは……まあ、良い。人間の理解力がそうしたレベルであるのは知ったことだ。それで良かろう」
情けなさそうに、一方で堪えるように、ウンウンと勝手に頷くサワ。どうやら犬扱いされたのが、癪にさわったようであった。
二人の話が盛り上がってきたところで、沖水がおかわりのお茶を用意してきた。サワは話の腰を折られたのを不快に思ったのか、舌打ちを一つした。
「それより、昨日の夕方のどしゃ降り、あれのことは……」
想起のきっかけは直接的原因があるとは限らない。昨日、サワに聞きそびれた疑問が突如として浮かんだ。
「先ほど言ったように、あれは私がしました。少し距離を置いて見ながら。そいつがやって来たのは分かっていましたから」
「どうやって?」と問おうとして止めた。沖水に訊いているというのに、サワから「これだから人間と言うのは」とか「私達の文明の力によって」とかが出てくるのは容易に予想できたからである。
「そいつが来たのは臨時的な理由によるものです。ですから、御挨拶するつもりでしたが、そいつがヘマしたので、謙吾さん達にも被害が拡散することになりました。すいません」
頭を下げる沖水に、謙吾はふと更に頭をもたげることが一つ。
「すると、何か? 沖水はあの水量をサワが防ぐであろうと見越していたのだが、サワがそれをできずに俺達が濡れたということ……か?」
疑問というより、確認であった。目の周りの筋肉がみるみると歪んでいく。
「そういうことです」
「なら、沖水、こないだ下駄箱の所で言ったことって」
サワイルカが登場した日の朝。学校の下駄箱にスニーカーを片し、廊下に踏み出した時、沖水とぶつかりそうになった。その際、沖水から
「龍宮さん、気を付けて」
そう言われていたのだ。てっきり衝突の危険性への注意かと思って、すぐに謝った。めったに話す相手ではなかったので、よく覚えていた。珍しいことは印象に残る。洋介がしゃべっていることなどは砂よりも普遍的で思い出す気にもならないが。
「もしかして、ぶつかりそうになったことじゃなくて……」
「そう。こいつのことです」
――もっと分かりやすく言ってくれよ。いや、他言できんかったからか。なら仕方ない
沖水の視線がサワを刺す。頭を抱えながら謙吾もサワを窺う。
「何を見ておる。ケンゴよ、訊きたいことはそこまでで充分であろう。さ、帰るぞ」
居心地が悪そうに立ち上がり、床を鳴らすように出て行った。
「じゃ、俺も帰るわ」
立ち上がり、玄関に向かう。靴を履き、ドアを開ける。のっぺりとした体感があるのに、気分はどこかすがすがしかった。
「謙吾さん……」
「分かってる、他言はしねえよ」
「ありがとうございます」
抑揚が小さな沖水の声も、今は安堵を隠しているような、そう春のさざ波のような穏やかさがあった。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
沖水滴の貸家の玄関が静かに閉まった。
謙吾は見上げた。電信柱につけられた外灯がまぶしかった。そのせいで星々はあまり見えなかった。
“ドク ドク ドク ドク”
口角が上がっているなどとは思いもせずに、
「ま、いろいろあるってことで」
顔を下ろし、自宅の玄関を静かに閉めた。
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