第4話 ゴミにはさらなる絶望を

(SIDE:モーゼズ)


 断罪する側から、される側へ――。


 豪奢な応接室で、モーゼズとロドヴィック侯爵は青褪めながら居住まいを正していた。


「さて、貴侯らに問おう」


 正面には先日の地味令嬢。

 そして右側には、ガレリア公爵――!?


「我が娘を無実の罪で、それもあろうことか公衆の面前で断罪した上、拘置所で自白を強要したそうだな」

「いえ、その……」

「両手を麻縄で縛られ、薄暗く冷たい床に毛布一枚で、それも食事も与えず一夜を明かしたと」


 ギロリと睨み付けるその迫力に、モーゼズらは震えながら俯いた。


 まずい、まずいぞ――。

 よりによって、ガレリア公爵家の御令嬢だったとは!


 あれから数日のうちにガレリア公爵家へ招致する手紙が届き、何が何やら分からず急ぎ向かったまでは良かったが、まさかこんな展開になろうとは。


「あれからというもの、毎夜うなされ、問い詰める刑務官の顔が脳裏に浮かび、恐ろしさに目が覚める毎日です」


 よよよ、と泣き崩れる地味令嬢。

 申し訳ないが、とてもそんな繊細な少女には見えない。


 想像だにしなかった伏兵に、二人はゴクリと唾を呑んだ。


「この先何年悩まされるやも分かりません。ゆえに私が求めるのは今回の賠償に加え、以降五年にわたる安眠に対しての補償です」


 そんなバカなと思うのだが、非は全面的にこちら側にある。


 力関係は完全に公爵家が上。

 丸く収めてくれるというのなら、それに従うのが得策だろう。


 だがバシッと叩きつけられた契約書の金額を見て、ロドヴィック侯爵は驚愕した。


「いくらなんでもこれは!!」

「なにか問題でも? ああでも噂によれば、厳しい懐事情とのこと。それでは現物納を認めましょう。先日伯爵邸で伺ったお話ですと、ちょうど良い鉄鋼山が手に入ったとか」

「……!!」

「そちらで代替しますか?」


 くそ、そういうことか。

 騙し取った鉄鋼山は、向こう数十年は利益が上がる宝の山。


 先日の話を聞き、ハナから狙っていたと言う事か!?

 思っていた以上にズル賢い目の前の論客に、モーゼズらは歯噛みする。


「いえ、それはさすがに……」

「駄目ですか? んー、では仕方ありません。ならば別のものに……それでは代わりに貴家の果樹園は如何でしょう?」

「果樹園を!?」

「はい。とはいえ、昨今は不作続きで収益も上がっていない御様子。さすがに全額充当は申し訳ないので、土地の権利ごと譲り受ける条件で、この範囲であれば如何でしょう」


 次いで渡された契約書。

 ロドヴィック侯爵家の保有する領地、五分の一を占める北部の区域が示されている。


 ただでさえ不作続きの上に、果樹園としては殆ど機能しない寒冷地。


 管理の手間もかかり、これで充当されるなら願ったり叶ったりである。


「承知しました。それではこれにて本件は不問、ということでお願い致します」


 後から気が変わっては堪らない。

 契約書に急いでサインを入れると挨拶もそこそこに、モーゼズらは逃げるようにしてガレリア公爵家を後にしたのである。




 *****




 すべて解決し、さあリリィと新たに婚約をと思っていた矢先のこと。


 泣き寝入りするかに思われたヒュノシス伯爵家が、件の鉄鋼山について訴訟を起こし、モーゼズ達は高等法院への出廷を命じられていた。


 原告席にはナタリーとヒュノシス伯爵。

 諦めが悪い奴らだとモーゼズは睨み付けるが、珍しく目を逸らさず睨み返してくる。


「相変わらず可愛げのない……」


 十年以上婚約者として共に過ごしたが、真面目さだけが取り柄のナタリーに愛情を感じた事など一度も無かった。


 名義変更も済ませている。

 余程のことがなければ、覆すのは容易ではない。


 無駄な足掻きをと小馬鹿にしているうちに審理は進み、ロドヴィック侯爵家優勢で終わると思われたこの裁判。


 最後の証人質問で、ガレリア公爵家の地味令嬢が入廷した。


「こんにちは、十日ぶりですねぇ」

「なぜガレリア公爵家が――!?」


 思わず席を立ったモーゼズ達の無作法に、ハンナは顔を顰めながら証人席で立ち止まる。


「こほん、それでは。これまでの審議は『取得時効』……十年にわたり実質的な占有をおこなったモーゼズ様に所有権が移転したため、名義変更は有効である、とのことですが」


 その言葉とともに何かの紙が配られ、司法官達が各々目を通し始める。


「王国法に則れば、通常所有権の移転前には必ず、現所有者に承認を得る決まりのハズ。ですが、本件については事前の連絡が無かったようです」


 何を言う気だ……?

 ざわつく法廷内で、モーゼズの背中を冷や汗が流れる。


「昨今の申請増加に伴い、不正登記が横行しています。条文但し書によれば、手続きに疑義があった場合、既に名義変更済であっても、さかのぼり……遡及的に無効化できるとございます」


 まずい……。

 強引に手続きを進めるにあたり、役所の職員に賄賂を渡し口止めをしたが、これでは……。


「お手元をご覧ください。本件に係り関与した職員の一覧と証拠資料です。これにより、今回の名義変更がいかに悪意にまみれたものか分かるはず」


 そう言うなりハンナは、ツカツカとモーゼズのもとに歩み寄った。


「ああ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はハンナ。ハンナ・ガレリアです。貴方のせいで新作ケーキを食べ損ねた恨み、ここで晴らさせていただきます」


 新作ケーキを食べ損ねた恨み!?

 しかもあの・・、ハンナ・ガレリア――!?


 昨年、高等法院の選抜試験に、最年少で合格した稀代の天才。

 ガレリア公爵家の長女ハンナ・ガレリアは、ニッコリと微笑んだのである。



 *****



 なんてこと、まるで悪夢のようだ……!

 手に入れたはずの鉄鉱山を失い、領地の一部も失った。


 だがまだ望みはある。

 リリィと結婚すれば、莫大な融資金が――。


 そう思っていた矢先、ブルックリン男爵があわをくって屋敷に駆けこんで来た。


「一体どういうことですか!?」


 取引業者がすべて契約更新を拒否した挙げ句、最も収益を上げていた建設業への材木斡旋まで打ち切りになったという。


「これでは、商会がつぶれてしまう――!!」


 頭を抱えるブルックリン男爵。

 と、その時さらなる来訪者が呼び鈴を鳴らし、行政所からの通達が届いた。


 その内容は『侯爵領の一部を移民受入れ地とし、今後十年間、国から借地料を支払う』というもの。


 見れば一年分の領地収入に匹敵する額。

 これなら自力でなんとか食いつなぐ事ができる。


「良かった、これでなんとか!」


 一体どの土地かと覗き込んだロドヴィック侯爵はギシリと動きを止め――、通達文を、ひらりと地に落した。


 父の姿に、嫌な予感しかしないモーゼズ。

 慌てて拾い場所を確認し……そして仰天した。


 最後の望みと思ったその土地は、先日ハンナに譲り渡した北部の領地――。


「もう、おしまいだ……」


 誰が発したのかも分からない、小さな呟き。

 膝から崩れ落ちた三人は、もはや立ち上がることすら出来なかった。


 ガレリア公爵家を敵に回してはいけない。


 子供の頃から子守歌のように聞かされていたその言葉は、今まさに現実となって、彼らに降りかかったのである――。



 *****



(後日談)


「ハンナ様、今回の件、ご尽力いただきありがとうございました」

「いえいえそんな、むしろこちらが御礼を言いたいくらいです。上げて、落として、今頃さらなる絶望を味わっているはずですよ!」


 愉快愉快と笑いが止まらないハンナ。


 あれから鉄鋼山は無事返還され、ハンナが得た北部の領地も実質上の慰謝料として、ナタリーへと譲り渡された。


 先日連行された二人のうち、一人は実家が建設業を営んでおり、ブルックリン商会による建設業への材木斡旋を差し止めたのは、この力によるところが大きい。


 そしてもう一人の御令嬢はというと――。


「うちの新作ケーキはいかがですか?」

「いえもう最高です! まさか系列の飲食店をお持ちだったとは!」


 学園のテラス席で、食べ損ねた新作ケーキを口いっぱいに頬張るハンナ。


 後でまたお散歩でもしようかな?


 ナタリーと二人の御令嬢に囲まれ、重くなったお腹を押さえながら、ハンナは嬉しそうに微笑んたのである――。




-- fin --



※目を留めていただき、本当にありがとうございました。

 あまり得意ではない「ざまぁ」ですが、大丈夫がんばったな!と思ってくださる方がいらっしゃれば、光栄です。


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※他にも小説を投稿していますので、年末年始のお共に是非御覧ください。





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『とばっちり令嬢』、お散歩中に断罪される ~ケーキの恨みは、ざまぁで晴らす~ 六花きい @rikaKey

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