第3話 『ざまぁ』への序曲


(SIDE:モーゼズ)


 くそっ、まさかたった一日で戻って来るとは。


 刑務官を買収し、裁判になった時も優位に立てるよう、拘置所にいる間に有効な自白を強要するはずだったのに。


 ヒュノシス伯爵家の応接室で、ロドヴィック侯爵とモーゼズは、不遜な態度で座していた。


「ナタリー嬢が暴漢を雇ったと告げたのは、リリィだ。証拠として提出された情報は、充分信じるに値するものだった。冤罪だとしたら、それは証拠を偽造したブルックリン男爵家の責任だな」


 貴族社会の信用を損なうから、何とかしてナタリー側の有責にしたい。


 婚約破棄をした暁には、リリィとの縁談を進めると告げたモーゼズ達。

 その言葉を信じ、衛兵や刑務官を買収して断罪劇を企てのは、あくまでブルックリン男爵家である。


 強引に押し通せば、自分達は逃げおおせる。

 知らぬ存ぜぬで通せば、何も問題はない。


「何か賠償を求めるのであればブルックリン男爵家に、だな」


 雇った暴漢はすべて始末し、証拠も完璧に偽装した。

 言い逃れ出来ない状況を作ったと言っていたのに。


 これだから新興貴族は駄目なんだ、とモーゼズは舌打ちをする。


「一連の騒動に関与していると誤解させてしまったようだが、我々も言わば被害者。同様に頭を悩ませているところだ」


 その言葉に、ヒュノシス伯爵が苛立ったようにピクリを頬を引き攣らせた。


「だが、これはどう説明しますか? 婚約にあたり提示した鉄鉱山の名義を、勝手に変更するなど……」


 言葉に詰まったモーゼズの代わりに、今度は父であるロドヴィック侯爵が返答する。


「婚約から既に十年以上。このまま縁続きになるのであれば、早いか遅いかだけの違い。であれば何も問題はないだろうと考えた結果、まさかこんなことになろうとは」

「ロドヴィック侯……本気で仰っているのですか?」


 相手はお人好しのヒュノシス伯爵家。

 しかも身分はロドヴィック侯爵家が上である。


 侯爵家と後々まで揉めて遺恨を残すくらいなら、鉄鉱山を諦めるに違いない。


「我々は信義に反する貴方がたと、これ以上婚約を継続する事は出来ません。今回の冤罪騒ぎは不問にしますので、両家合意の形で慰謝料不要とした上、婚約を解消させていただきます」


 ヒュノシス伯爵の言葉に、モーゼズ達はしてやったりと薄ら笑いを浮かべる。


「承知した。だが鉄鉱山については名義変更後、向こう五年は戻せないよう王国法で定められている。残念だが諦めてもらうしかなさそうだ」


 鉄鉱山を返す気の無いロドヴィック侯爵家。

 ナタリーが睨み付けると、モーゼズは小馬鹿にするように口端を歪めた。


「あのぅ」


 その時、緊張感の無い間の抜けた声が聞こえ、端っこに座っていた見慣れぬ少女が手を挙げた。


「あの私先日、無関係なのにモーゼズ様の命令で連行され、拘置所に入れられた者です。これについて賠償を求めたく、後ほど改めてご連絡致します」


 そういえば衛兵が連れて行った取巻き令嬢の中に混ざっていたような気もする。


 にっこりと微笑む地味令嬢。

 なんだこいつは……だが鉄鉱山も手に入り、ナタリーとの婚約も円満解消の上、慰謝料も不要。


 新たにリリィと婚約を結べば多額の融資金が手に入る。


 多少の賠償金くらい払ってやってもいいだろう。

 思い通りにコトが運び、内心笑いが止まらないロドヴィック侯爵家。


 だがこの後、容赦ない『ざまぁ』により膝から崩れ落ちることになろうとは。


 このときの彼らは、思ってもみなかったのである――。



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