第6話 願い事は何ですか?

 ある世界に一人の王様がいた。

 世界中の国を従え、若く生気溢れる逞しい彼を、全ての人々が慕い崇めていた。

 彼の統治は隆盛を極め、世界中が平和で幸せに溢れていた。

 しかしある日、彼は一人の側近を呼んでこう言った。


「余は不老不死になりたい。その為に、伝説といわれる秘薬を探し出してきてくれ」


 側近はその依頼を二つ返事で了承した。

 彼が不老不死となり、この平和な世界が続くのであれば、自分の人生をして探し出す価値があると考えたのだ。


 翌日から彼は城の書庫に籠った。

 不老不死の秘薬の話は彼も知っていたが、どのように伝わっているのかの詳細を少しでも調べる為だった。


 雨の日も雪の日も彼は書庫に籠り続けた。

 春が来て夏になり、雪が解けると春が訪れる。

 そんな日々が数年続いた。


 王が側近を呼んだ。


「不老不死の薬はどうなっている?」


 側近は答える。


「城にある書物からの情報は集め終わりました。明日より探しに行ってまいります」


 王はその返事に満足した。

 まもなく秘薬が手に入るだろうと喜んだ。


 山を越え、海を越え、側近の秘薬探しの旅は続いた。

 一年が過ぎ、二年が過ぎ、十年が過ぎた。


 その頃から不穏な話を耳にする機会が多くなってきた。


 王への不満である。


 それは上がり続ける税金への不満であったり、環境整備の遅れへの不満であったり、王のお気に入り貴族の平民に対する振る舞いへの不満であったりと、時を増すにつれて様々な不満が側近の耳に入ってくるようになっていた。


 それでも側近の旅は続いた。

 王が不老不死となれば、そのような不満などすぐに解決してしまうだろうと思っていた。

 自らの敬愛する絶対的な存在である王。

 その彼への信頼は時を経ても微塵も失われてはいなかった。


 側近は必死で秘薬を探し続けた。

 立ち寄った国で新たな情報を求めたり、歴史を研究している者がいると聞けば、平民であろうと頭を下げて教えを請うた。


 ある日、彼は遠方の領土で反乱が起きたという話を聞いた。

 その反乱の火は徐々に広がっているという。

 彼は信じられなかった。

 多少の不満はあるだろうが、あの素晴らしい王に対して反乱を起こすなど、神に逆らうも同然の不敬すぎる行為だと。

 だが、そんなものはすぐに鎮圧されるだろうと考えていた。

 そのような愚か者はすぐにでも王によって裁かれることだろう。


 更に月日は流れ、側近は初老と呼ばれるような歳になっていた。

 それでも彼は秘薬を探し続けた。

 反乱軍の数はその間も増え続け、それに従うように挙兵する国も現れていた。


 高すぎる税を納めることが出来ずに土地を奪われ、食うものも無くなり子供を売ったあげくに飢え死にして全滅していた村を抜け、予算が与えられなかったために治水工事が途中で止まっていた為に洪水で一夜にして滅んだ町を抜け、横暴な貴族の振る舞いによって家族を殺され、反乱軍に加わったという人に命を狙われ、それでも彼は秘薬を探し続けた。


 そしてとうとう彼は不老不死をもたらすという秘薬を探し出すことに成功した。


 彼の人生を賭けた任務はもうじき終わりを迎えようとしていた。


「王よ、ただいま戻りました。王のご所望されておりました不老不死の秘薬、ここにお持ちいたしました」


 彼はベッドに横たわる老人に向かってそう言った。


「お…おお……」


 皺だらけの顔を僅かに動かして聞き取れないほどの小声で何かを言っていた。


 かつて精悍だった王はすでにその面影がないほどの老人になっていた。

 しかも少し前に不治の病であることが発覚し、常に耐え難い痛みが全身を襲っていたのだ。


「この秘薬で王の願われていた不老不死になることが出来ますぞ」


 側近は起き上がることも出来なくなっていた王の口へ秘薬をそっと流し込む。


 飲み終わると王の身体は眩しく輝き、少しの間をおいて光は治まった。


「これで王は不老不死となりました」


 側近はベッドに横たわり、微かに開いた目で自分を見つめる王へと告げる。


「これより先、今よりもなく、寿命でもありません。そののまま、、未来永劫、永遠の刻の中を苦しみながら生き続けるのです。不老不死――あなたの願いは叶えられた」


 そう冷たく告げたあと、側近は王の部屋を後にした。


 側近が秘薬を手に入れてから、王の下へ戻るまでに20年もの時が流れていた。



 それから数日後、王は動かぬ体を懸命に動かして、部屋の窓から身を投げてその生涯を終えた。


 それを確認した側近は、その夜に自室で自らの命を絶った。


「私の願いは叶えられた」


 その一言だけが書かれたメモを残し、彼の人生を賭した旅はこうして幕を閉じたのだった。

 


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八月猫の少し不思議(SF)劇場 八月 猫 @hamrabi

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