第参話

卯月 弍拾日



 普段から忙しい月華荘の面々は珍しくそれぞれの職場に休みを頂いたので、放課後に睡蓮すいれん町にある品揃えがいいと評判の皇服を取り扱う店、呉服店に行くことになった。


「かわわ、かわわっ。ねえねえ。これ、めっちゃかわいくないー?」


「ん? あー、確かに。夏目が着たら似合うと思うよ。まあ、私には無理だけど」


「えー、おぐりんが着ても絶対似合うと思うよ~。試しに着てきなよ」


「えっ、いや、こういうの、絶対似合わないし……」


「それがいいじゃん~」


「……話、聞いてた?」


 向こう側ではしゃいでいる女性陣のことを羨ましそうに眺める駿之介。元々彼は光風と一緒に適当に取り繕うという話になったんだが。光風が「服はつまらん」と言ってどこかへと行ってしまった。

 かと言って他人の金で皇服を手に入る機会は滅多にないから、今の内にいいものを選んでいるわけだがこれがまた時間が掛かりそうだ。


「ねえねえ。こっちも、おぐりんに似合いそーじゃない?」


「お、本当じゃ~。似合いそうじゃのぅ~」


「え、でもこれ、なんかすごい高そうだし……。いいよ別に、自分の分を買えなよ」


「大丈夫! 費用はわしが後で学園の経費として落としてもらえるからのぅ~。それにこれから沢山食べさせてあげて太らせるから、心配は無用じゃ」


「いや鯉か私は! いや、そういう意味じゃなくてっ」


「お、なんだかこちらのも似合いそうですね」


「どれどれ……。お、さすがさっちゃん! お目が高いですな~」


「というか! なんでさっきから私のばっかり選んでるの? 皆、自分のを選べばいいじゃん」


「いや~、だってアタシ(共和国人だから)いらないしぃ……。それに今度試したい時は、直接おぐりんのを着ればいいだけの話だしぃ……」


「わしも要らぬじゃのぅ……。まだまだたーくさんあるわけじゃしのう~」


「実はわたしも……」


「待て。まさかここに来た目的って、最初から私の服を買うためなんじゃ……」


 そう言いながらも一歩また一歩後退る大蔵。しかし巧妙なことに三人は彼女を袋小路に誘ったせいで、逃げたくても逃げようがない。


「うむ、その通りじゃ! 流石華凛じゃのう~。察しが良いのお~」


「と、いうわけで……。アタシ達の着せ替え人形になってもらおっか!」


「えっ」


「さあさあ、これもあとこれも、試着しましょう、大蔵さん!」


「えっ。ちょっ。落ち着こ。ね? その、皆? ちょっと、あの、目が怖いんですけど……」


「大丈夫大丈夫。怖くなんかないんじゃぞお~」


「そうですよ。こんないい素材、中々転がってくれないんですもんねー。心ゆくまで遊ばせてください!」


「いつの間におもちゃになってたの、私」


「さあ、大人しく、変態オジサン達の言う事を聞けえ!」


 最近仲良くなった夏目に雁字搦めにされた大蔵を眺めつつも「見事な連携だなー」と内心で感心する駿之介。

 三人の餌食になった彼女は騒ぎ立てつつも試着室の方へ引っ張れ。それぞれの手に着させたい服の丘を運んで先行の二人に付いて行く大石と小夜。そんな四人が見えなくなるまで眺めると、


「なんだか楽しそうだな……」


 自然的に独り言が零れ落ちる。何なら今でも試着室の方からワーギャーと騒いでいる声が聞こえるくらいだが、店の中には彼らしか客がいないため誰の邪魔になっていないだろう。


「――それで? なんでまだこっちにいるの、妹よ」


 呆れを含んだ目で彼の隣に避難した柚を尋ねると、ふっふっふという笑いが返ってくる。


「そんなの、決まってるじゃないっすか駿兄。あの輪の中に入ったって、どうせ引きこもりあたしのライフは即ゼロになるに決まってるじゃないっすか……」


 妹のしたり顔に無遠慮な溜息一つ。

 無論当初、彼女は女性陣と一緒に見て回ったのだが。時間が経過していく内に小動物の勘が働いて被害に遭う前に安全地帯に避難したという。

 勿論、この話は本人に得意げに語らされたわけだが、ずっと女性陣を眺めていた駿之介でさえ、気付かなかった程だ。


「それとも駿兄、もう忘れたのかい? 百合を愛でる者は、ただこうして外から眺めて愛でれば充分なのよさ」


「いやうん。まあ、言いたいことは分かるけど……。それ、ハブられたってことなんじゃ……?」


「逆にそれがいいじゃん。もしあたしが無視されなかったら、こうして百合を愛でることもなかったし、他人と話すこともなかったし。メリット満載だよ。というかメリットしかないよ」


「まあそらそうだろうけど……お迎えが来たぞ?」


 予想外の展開に柚は開いた口が塞がらないまま、彼の視線を辿った。振り向いた視線の先、夏目ハンターが辺りに視線を彷徨わせつつも接近してくる。大蔵の二の舞になるのを恐れ、こちらの背後に隠れる妹に内心で苦笑い一つ。


「ねえねえ、シュ――ああ柚ちん、こんなところにいたのか! 探してたよ~」


「えっ、なんで……」


「ほらほら、柚ちんの服も買いにいかないと」


「いや、あたしはけけけ結構ですので」


「何言ってんの? まだ皇服持ってないっしょ? 大丈夫大丈夫! こう見えてもアタシ、流行りに詳しいからね。色々教えたげるよ~」


 「ほら行こ」と彼女に手首を掴まれあっさりと引き離された柚は助けを求めてきた。


「ああいや……駿兄助けて」


「さらばだ、妹よ。俺はここでお前の勇姿を見届けてあげるからな!」


「この鬼! 悪魔! 裏切りシスコン!」


「とっとと苦手なものを克服して来い」


 自身の妹を明け渡すと、逃走犯がにゃああああ、と夏目に引っ張られ遠ざかっていく。そんな彼女に駿之介は心の中でエールを送ってから寂しい寂しい一人の服選びを再開させた。










※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※











「いやあ~、大量じゃったのう~」


「……流石にちょっと買い過ぎでは」


「大丈夫大丈夫。これからまだまだ青春を送るういなおぬしらに、これくらいが丁度良かろう」


「でも流石に一人に七着は……」


 そう言いながらも三つの袋を見下ろす駿之介。小夜は一袋、他の者は二袋ずつを提げながら帰路についている。

 道中で偶然見つけた酔っ払った光風が今、夏目に肩を支えてもらいつつ覚束ない足取りでふらふら。その都度に夏目は苦労する羽目になるが、こちらが代わると薦めても「慣れてるからいーよ」と断れたから暫く様子見をすることにしたが、


「もうみっちゃん、ちゃんと歩けよー」


「だがらあぁみっぢゃんとおおろぶんじゃれええ」


「たはは、本当に好きだねえその台詞」


 どうやら杞憂のようだ。見渡せば大蔵も心配そうに後方の二人を見守り、隣の柚に至っては何やらすっかり自分の世界に浸っていらっしゃる。

 ああ、彼らのおかげでこの訳の分からぬ世界に馴染もうと思えたんだな――そう駿之介がしみじみと実感していると、


「良い良い。これはわしからの入学祝いじゃ。大事に扱っておくんじゃぞ」


「はい。ありがとうございます」


 うむと大きく首肯する大石を最後に、他の連中と他愛無い話を咲かせながら帰路につく。

 黒塗りの高級車に後を付けられていたことに気付かずに。

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