第29話 最初の言葉

キヨトが、パソコンを操作している。 


私の胸は感動で震えていた。

キヨトの真剣な横顔を見ているだけで涙が止まらなかった。


キヨト、良かったねぇ……

集中してるところ気が散らないように、心の中で呟いた。


そうだ、この感動的瞬間をビデオにおさめておこう。そう思い、ビデオカメラを回した。


子どもが初めて歩き出す瞬間を目撃するような気持ちだろうか。いや、この感動はそれ以上のものだろう。


何しろこの子は、生まれてから十七年間、指先や目の僅かな動き以外は何一つできなかった。その子がパソコンを動かしているのだ。


この間の知能テストでは散々な結果だったけれど、この子はちゃんと色んなことを感じて、考える力があると私は信じていたし、確信していた。


母親として、この子の成長を見守り続けていて思う。


キヨトは何も出来ないで、ただ世話をされるだけの存在ではない。この子は自らの命を通して、私に数え切れないほどのことを教えてくれているのだ。


私はそんなキヨトが全身全霊で伝えようとしているメッセージをいつも取りこぼさないよう見つめてきたつもりだ。


キヨトの近くに居ると不思議と心が落ち着いて安らぐ。全てがこれで良かったという安心感を感じる。これは単に母のひいき目ではないと思うのだ。


言葉で説明するのは難しいけれど、キヨトといると私の方がなぜか癒やされている。

この子は純粋で愛の存在なんだろうと強く感じている。 


私はダイニングテーブルに座り、うとうとしていたときにキヨトに呼ばれたような気がして我に返った。キヨトに目をやると、疲れてしまったのか、パソコンデスクの前の車椅子で寝てしまっていた。


時計を見ると二十一時を過ぎている。先程パソコン設置が終わったのが十九時だったから二時間が経過していた。キヨトはずっとパソコンを触っていたのだろうか。無理は体に障ってしまう、ちゃんと止めないといけなかったな。


パソコンの電源を消そうと画面に目をやると、

文字が表示されていた。




お か あ さ ん あ り か と お




キヨトの寝顔を見ながら私は号泣した。


この子が生まれて始めて伝えてくれた文章によるメッセージだった。

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