第35話 白い桜
老人は目を細めて桜の木を見る。
「あの桜はな、オオシマザクラって言う種類で、この辺では珍しい。正確に言うたら、あんなに古いオオシマザクラは珍しいって言うことやねん。きっと、昔々、ここにお城があった時に、伊豆の方からお侍さんが持って来て植えたんやと思う」
老人は三咲と絵梨を交互に見た。二人の目も真剣だった。
「せやけど公園を整備する言う時にな、市役所はあの木を伐採しようとしたんや」
「伐採?」
思わず絵梨の口から言葉が洩れる。
「そう。病気
木は死しても身を残す…。絵梨の中に城先生の言葉が蘇る。先生の信念。
「せやけど、高校教師風情では市役所のやることを変えられへんやろ。せやから海高の敷地をな、勝手に桜の向こうまで延ばしてな、竹を曲げて簡単なフェンス作って張り出したんよ。ほんで桜の木の幹に抱きついて、これは海高の桜なんやから市役所には切らせへん!ってエラい息まいてな、市役所の人も樹木医やから桜の価値はよう判ってる人やったから、『城先生、もう判りましたから、何とか治めます』言うてな、見逃してくれはってん。その後は必死で治療したなぁ。ワシも山ほど消毒用ペースト塗るの、手伝わされた」
その話は絵梨を激しく揺さぶった。城先生は本当に桜を愛した人だったんだ。三咲が老人の向こうから絵梨に語りかける。
「絵梨、絵梨がお店の桜の木を守りたいって思った気持ちが、城先生に伝わったんじゃない? だから天国からカムバックして、弟さんの身体を借りて見に来てくれたんだよ。絵梨が教室を飛び出した朝、絵梨はあの桜の木に手を当てて、それで泣いてたもん」
「うん…」
絵梨の目から涙が溢れ出た。先生の優しい声と仕草を思い出す。仮に弟さんの身体であったにしても、私にとって、あの人は間違いなく城先生だった…。
しかし、伐採も止む無しと判断した城先生は、その古い切り株を使って、桜を、喫茶さくらの桜の木を再生しようとしてくれた。私には出来ないことを、私の気持ちを汲んでやってくれたんだ。絵梨は背後を振り返って呟いた。
「城先生、ありがとうございました。幽霊だなんて思ってごめんなさい」
震える絵梨の肩を、弟の老人がそっと抱いた。
「あんた、絵梨ちゃんは兄貴の後継ぎやな。兄貴がそう見込んだんやと思う。ここの桜はワシが生きてる限りはちゃんと面倒をみるから、あんたは接ぎ木の桜を大事に見守ったってくれ。兄貴はきっと応援してるわ」
老人も涙声だった。
背後では、春の風が白い桜花を、頷くように揺らしていた。
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