第31話 蕾じゃない
明るい午前中が過ぎる。宿題にも飽きて来た絵梨は、スマホを弄り始める。店内にWi-Fiのアクセスポイントを設置したのでネットは快適に使えるのだ。
♪ カランコロン
「おはよう! 絵梨!」
入って来たのは本当に常連になってしまった三咲であった。グレーのデニムにパステルカラーのパーカーを合わせ、厚底スニーカーを履いている。1卓の隣のスツールを引き出して座った三咲を、絵梨は眺める。
「三咲。可愛いじゃん」
「有難う。朝はちょっと寒かったからさ、出れなかった。絵梨は宿題してたの?」
「そう。嫌だ嫌だって思ってても片付かないから。三咲、そのリュック買ったの?」
絵梨は三咲が肩に掛けている明るいグレーのリュックを指した。淡いピンクのロゴが女の子っぽい。
「うん。お出かけ用なんだけど、制服にも合うでしょ。学校のリュック重いけど、これはめちゃ軽。小学生もこれにしたら、重いランドセル持たなくてもいいのにって思うよ。持ってみる?」
「うん」
三咲は肩からリュックを外し、絵梨に手渡そうとして、
「うわっ!」
斜めになったリュックのサイドポケットから中のものがバラバラと床に落ちた。
「何やってんのよ」
「ごめーん」
「割れものないよね」
「うん、日焼け止めとかリップとかだから」
散らばった品々は1卓の下に転がっている。絵梨はそれらを拾うべく、スツールを脇に避けて1卓の下に潜った。
「ごめんごめん」
三咲が気遣う。
「いいよ、全然」
転がっている日焼け止めとリップ、ウエットティッシュの携行パッケージを手にした絵梨は、1卓にぶつからないように頭を下げ、上目遣いになりながら身体の向きを変えようとした。
「え?」
「どしたの?」
「ええ?」
絵梨は上目遣いのまま1卓の裏を眺める。
「ここに可愛い絵がいっぱい描いてある!」
絵梨に付き合って床にしゃがみ込んだ三咲は、はあーっとため息をついた。
「絵梨、今、気がついたの?」
「え? うん。だってこんなとこ見ないもん」
「なんだ、そうなのか。絵梨ったら気がついてるくせに何も言わないなあってずっと思ってたよ。半年前からあるんだけど」
「三咲、これ、知ってたの?」
三咲はしゃがんだまま胸を張る。
「そりゃそうよ。一体どなたの作品と心得る。何を隠そう、海辺高校美術部、垣内画伯の夏休みの大作であるぞ!」
絵梨は後ずさりしながら1卓の裏を眺める。
「えー、まじ? そうなんだ。流石だね、特に真ん中の桜のお花なんかさ、今咲きました! って感じでフレッシュ」
え? 三咲は思案顔になる。
「咲きました? 実はさ、真ん中の桜だけはあたしが描いたんじゃないんだけど、確か、蕾だよね」
絵梨は怪訝な顔で振り向いた。
「咲いてるよ、ちゃんと」
「え?」
今度は三咲が驚いた。
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