第32話 開花
「ちょ、ちょっと見せて!」
絵梨が1卓の下から出て、代わりに三咲が1卓の裏を見上げる。
「ほ、ホントだ。咲いてる…。なんで? え?」
「何が不思議なの?」
絵梨は立ち上がり腰を伸ばし、拾った品々を隣のカウンターの上に置いた。三咲も立ち上がった。
「あの桜だけはさ、城先生が描いたのよ。サプライズに乗ってくれて、さらさらって描いてくれたの。でも描いてくれたのは桜の蕾だったのよ。あたし、見てたもん。それがなんで咲いてるの?」
「そう言われても、私、判んない。白い桜の花って珍しいけどね」
「それはそうだけど、あたしの記憶違いかな。いや、そんなことない筈なんだけど」
取り敢えず二人は隣り合ってスツールに座った。絵梨が冗談めかして、
「描いてくれたのが半年前だったら、その頃はまだ蕾で、それで春になったから咲いたんじゃないの?」
と笑う。冗談じゃない、絵が開花してどうするんだ、それじゃまるでミステリーだよ、三咲は首を横に振る。その時、三咲は丸窓の外のそれが目に入った。
「あ…、絵梨! 咲いてる! 外の接ぎ木桜!」
「え?」
絵梨も丸窓の外を見る。朝は蕾だったのに。
「ホントだ! さっきまで蕾だったのに咲いてる!」
二人はしばらく丸窓の外を無言で眺めた。三咲がポツリと言う。
「さっきと逆のこと言ってるよね、あたしと絵梨と。1卓の裏は絵梨が咲いてるって言って、あたしは蕾だって言って、それで窓の外は、あたしが咲いてるって言って、絵梨は蕾だったって言った」
「う、うん」
「これって、何かのミステリー?」
一瞬二人はぞっとする。絵梨の頭に、桜の木の下には…が去来した。だが、絵梨は自分でそれを否定する。1卓の裏はさておき、外の桜はそうじゃない。ちゃんと接ぎ木して大きくなって、蕾も膨らんでいた。
だって、城先生がちゃんと… 城先生?
「三咲、1卓の裏の絵、城先生が描いたって言った?」
「うん、そう。夜、あたしが残ってサプライズに何を描こうって考えてたら、突然、城先生が入って来て描いてくれた」
絵梨は宙を見つめた。
「あの接ぎ木も城先生がしたのよね。やっぱり夜の遅くに突然入って来て」
「そ、そう…」
「何だか符牒が合わない? 何の符牒か判らないけど」
「そ、そうかもね」
三咲がブルっと身震いする。絵梨が続ける。
「だってさ、だって、あの接ぎ木の桜のお花も白い桜だよ。1卓の裏の絵と同じ」
「あれ、1卓の裏の蕾はピンクだった気がする」
「接ぎ木の蕾もピンクだったの。それが咲いたら白くなってる」
「城先生が描いたとおりになってるってこと?」
「うん。しかも城先生、頭、真っ白」
「うわ。ちょっと怖い」
二人は黙り込む。
「白い桜ってあるんだ…」
暫くして絵梨がぼそっと言った。三咲が顔を上げた。
「そうだ! 学校の裏門の大きな桜の木。多分、あれは白いお花だ!」
「そうなの?」
「うん。あたし、昨日裏門近くを通ったんだ。その時ちらっと見たの。まだ咲き初めだったけど、白いなって思ったもの」
「でもそれは種類がたまたま一緒ってことじゃないの?」
絵梨が落ち着いて告げる。しかし三咲は首を横に振った。
「あたしたち、ミステリーゾーンにいるかも。去年、裏門のベンチで城先生の蜃気楼見たじゃない?」
「ああそう言えば。でもそれって、見失っただけだったかもよ」
「絵梨は城先生が初めて来た時のこと、全く覚えてなかったでしょ?」
「そう言えば、そうだったような」
「あの裏門近くのベンチでさ、あたしたち、初めて城先生に会ったのよ。あの場所と、このお店でしか会ったことないの!」
「それってどういう意味?」
三咲はきっぱり言った。
「判んない。判んないけど、あそこに行く必要がある。裏門の桜の所に行かなくちゃいけないよ。城先生に呼ばれてる気がする。今から行こう!絵梨」
「う、うん」
二人は立ち上がった。
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