第26話 絵物語

 翌日、三咲が喫茶さくらに来ると、キッチン用什器が搬入中だった。電気のブレーカーも増設され、新しいフライヤーや電子レンジが輝いている。三咲は早速、カンナに話し掛けた。


「カンナさん、ちょっとご協力、いいですか?」

「ん? なに」

「この下、見て下さい」


 三咲は1卓の裏面を指した。


「うわ、もしかしてサプライズプレゼント?」

「えへへ。この蕾の絵を囲むように絵梨の未来を描いてみたいなって」

「なるほど、私にも考えろってことね」

「はい。何かアイディアを…」

「はいはい。でもこの絵上手ね、流石は美術部」


 三咲は否定しようと思ったが、面倒になり笑って誤魔化した。勝手に部外者を入れたことに対する後ろめたさも感じていたのだ。


+++


 カンナも頭を捻る。私はスタートラインを考えよう。スタートとは…、考えながら立ち上がったカンナの目に、窓の外の切り株が目に入った。おお、スタートはあれじゃない。


「じゃあさ、あの切り株の最初の状態を描いてくれない? それがスタートだったから」

「なるほど」


 三咲が切株の最初の頃を思い出して、蕾の絵を囲むように描いてゆく。最初はすっぴんの切株一つ、次に切株が増えて、それで接ぎ木がくっついて…、ふふ、こんな感じかな。三咲がカンナに完成したイラストを見てもらっていると、


 ♪ カランコロン


「うわー、様変わりねぇ…」


 入って来たのは千枝だった。カンナが頭を上げる。


「あー、吉祥さん。ちょっとお気に召さないかもと思うけど、こっち側はテーブル席ですから」

「ふんふん、なるほど。座る場所はあるみたいね。で、注文は日本語よね」

「それはマスター次第ですけど、マスターが英語を使いまくるってピンときませんね」

「そりゃそうだ。それで何してるの? 早速修理?」

「まさか。三咲ちゃんのアイディアでサプライズ落書き」

「はい?」

「そうだ。丁度いいや。今、来られたのも何かの縁と言うことで」


 カンナは思いついた。


「吉祥さん、高校生の気持ち、悩んだり嬉しかったりの気持ちを絵で表現するってどうしたらいいと思います?」

「難しいこと、言うのね。私だって昔はJKだったのよ。毎日泣いたり笑ったりは、今と変わらないと思うよ」


 千枝は1卓の裏側を覗き込む。ほう、桜の枝か。


「この枝にお日様当たり過ぎて暑かったり、お水貰って嬉しかったり、寒くて凍えていたり…って感じじゃない?」


 聞いていたカンナが手を打った。


「なるほど。三咲ちゃん、それもお願いね」


 三咲は更に切り株の接ぎ木の小さなイラストを幾つか追加した。本当にこれ、あたしたちの毎日だ。


+++


 翌日は絵梨の両親が、絵梨のこれからについて喧々諤々けんけんがくがくしながら1卓の裏を睨んでいた。


「まだあの子、これからが成長なのよ」

「成長を桜の枝でどう表現するんだよ?」

「簡単じゃない。夏休みの朝顔の観察日記風に、葉っぱが出たり蔓が伸びたり、てんとう虫が飛んで来たり」

「そうか。じゃ、それでいいじゃないか」


 合意した夫婦は揃って三咲を見た。


「あとは美術部に任そう。三咲ちゃん、葉っぱがついたり、てんとう虫とお話ししたり、朝露を受けたり…を描いて!」

「うわ。なかなかハードル高い…」


 三咲は絵梨の普段を思い浮かべながら、接ぎ木の成長を描いた。これ、写真撮って、夏休みの大作にしちゃおう。全部があたしの作品じゃないけどまあいいや。


 1卓の裏側はまるで絵物語になり、真ん中には城先生の蕾が誇らしげに輝いていた。


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