第25話 落書き
「見違えるようになったなぁ。桜の接ぎ木も大きくなったし、来年は花をつけるやろなあ」
「でしょ? 先生、久し振りですねぇ、全然見掛けないから桜のこと聞けなかったけど、勝手に成長しましたよ」
「まあそんなもんやろ。ほんで何してるの? 店の人おらんのに」
三咲はニンマリとする。
「サプライズ考え中なんです。お店はあたしが鍵を預かってるんで閉めて帰ります。そうだ、先生も一緒にどうですか?」
「どうって、もしかしてテーブルの裏に落書きかい?」
「只の落書きじゃなくて、これからの絵梨のストーリィを描けないかなって」
城先生もしゃがみ込んで1卓の裏側を眺める。ふうむ。
「ペン、ありますよ」
「うん。大丈夫や。ワシもな…」
言いながら古びたウェストポーチから小さなサインペンセットを取り出した。三咲は気を利かしてスマホのライトで1卓の裏側を照らす。
「すまんなぁ。えっと、縦向きに描いてもええかな」
「いいですよ。どっち向きでも」
城先生は1卓の下にすっぽり入ると仰向けになってペンを走らせる。カラーペンでちょこちょこ色まで付けている。
「城先生、上手いですねえ。美術部に来ませんか? うわー、それって桜の枝と蕾?」
「まあな。あそこに接ぎ木した枝が、来年の春にはこんな風になるやろと思うてな」
「なるほど!」
「綺麗に花が咲くように願を掛けとくわ」
サインペンの色がついた指でキャップを嵌め、城先生は1卓から這い出す。
「あー、指が色だらけや。ほんで首が痛うなるな、この姿勢は」
立ち上がって自分の手指を眺めた城先生は、反り返って伸びをする。
「店の外も中も綺麗に出来そうで良かった。桜の木ぃもこれからずっと一緒にいられるしな。ほんならワシは帰るわ」
続いて立ち上がった三咲は城先生を見送る。
「先生、もう暗いから気をつけて帰って下さいねー」
「暗いとこ、結構好きやから大丈夫やで。ほんならな」
笑いながら城先生は出て行った。
桜の蕾か。そうだ、絵梨がこれから花咲くような、そんなストーリィ。明日、絵梨のお父さんとお母さんにも聞いてみよう。絵梨はいつ気づくだろう。
誰もいない店内で、三咲はまたニンマリとした。
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