第18話 非常勤講師

 驚いた三咲は振り返る。


「え? あの、えっと…」

「ああ、ワシか。ワシはな、城って言うんやが、生物の先生や。キミらは1年やから知らんな」


 三咲は更に驚いた。


「え? せ、先生だったんですかぁ?」


 失礼な話である。


「はっはっは、そう思うわな。とっくに定年になっとるんやけどな、生物で困った時に出て来るんや。お手伝いみたいなもんやから気楽なもんよ。ほんで生き物係は順調か?」


「いえ、って言うか、まあこれは学校の係と関係ない話ですけど」


 三咲は掻い摘んで非常勤講師を名乗る、城 大吉(じょう だいきち)に、喫茶さくらの桜の木の話をした。


「ああ、あの生田の喫茶店な。よう知っとるよ、桜の木も。ふうん、樹木医は切れと言うたか。殺生やな」

「でもちゃんと菌を調べてそういう事になったんです。やっぱり倒れたら被害がでるからって」

「まあ、それはそうかもな。そう言わんとしゃあないやろな、立場上」


 いつの間にか三咲の隣に座った城先生は呟いた。


「ワシも見に行くわ。役に立つかどうかは判らんけどな。ほんで、生き物係の顧問になってやるでな」

「顧問? 顧問って要るんですか?」

「あら、要らんかったか。そう言や、部活やないもんな。ワシも耄碌もうろくしとるから、忘れてくれ」

「あはは、心の顧問って思っておきます!」

「うん、ほんなら、いつ行こうかな」


 三咲はスマホを取り出し、城先生と額を寄せ合った。


+++


 喫茶さくらでは、外構工事が発注され、カンナと佳太がスケジュールやら見積やらを滋たちと話し合っている。時間は機械的に過ぎてゆく。絵梨はもう何も言わず、その成り行きを眺めていた。


 絵梨が桜の木の傍らでの夜を過ごし始めて一週間、週明けには工事開始と言う土曜日の夜、絵梨はまたカーテンを開けっ放しにしながら1卓で宿題をしていた。国道を車が通るたびに、喫茶さくらの店内にも白いヘッドライトの光が差し込んでゆく。時計は間もなく22時を示すところだ。


「ふわぁ、もう寝ようかな… え!?」


 欠伸をして窓の外を眺めた絵梨の背筋がゾクッとする。また見えたのだ、あの白髪の幽霊が。


 幽霊は、今日は掌を幹に当て、じっくり眺めたかと思えば、また指で擦り臭いを嗅いでいる。


 あれ。足がある。絵梨の寒気は急に収まった。あれは只の人じゃないの? こんな時間になに? お父さんに言った方がいいかな。暫くそっと様子を伺っていると、幽霊がもう一人、現れた。


?!  三咲じゃん。


 絵梨は混乱する。三咲のおじさん、佳太おじさんってあんな老人だったっけ? 今度はお爺さんが来たのか? 絵梨は思い切って店の扉を開けた。


「三咲?」


 気づいた三咲が小さく手を振る。絵梨は歩み寄った。


「えっと、あの、どうなってるの?」


 三咲は白髪の老人を指さす。


「海高の先生だよ。生物の城先生。時々来てるんだって」

「え?」

「ほら、前に声掛けられたでしょ。生き物係の計画を相談している時に」

「ええ?」


 白髪の老人は絵梨に向かって微笑んだ。


「城先生や。覚えといてや」


 幽霊は先生だった? 絵梨は仰け反った。

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