第17話 報告

 絵梨は小一時間、桜の根元にしゃがんでいた。どうすることも出来ない。父が決めた以上、幾ら絵梨が反対しても計画は実行されるであろう。来年は桜の花が見られない。幹に手を突いて、絵梨は想いを桜の木に打ち明けた。


 ごめんね。本当は私も解らないの、あなたの気持ち。お父さんが言うみたいに、あなたは病気で痛いのかも知れない。自分の先行きが解っているのかも知れない。あなたが昔お隣にあった桜の木と仲良しだったのなら、天国で早く一緒になりたいって思っているかも知れない。でもそう言うことも解らないの。解らないけど勝手に助けたいって思ってた。私の我儘なのよね。ごめんね、勝手に想って勝手に決めつけて。でもね、あなたのお花は私にはとても大切だったの。1卓に座って毎年お花を見て、舞い散る花びらを浴びて、そしてお茶で頂いて、全身であなたを感じていたのよ。そうやって私は大きくなったの。あなたは私を育ててくれた。恩人なのよ。だから助けたいって思った。

 ごめんね。でも、もうどうにもならないの。お父さんが決めちゃったから私にはどうにも出来ないの。だから、私の我儘かも知れないけど、あなたが居なくなるまで、毎晩あなたを見守るよ…。毎晩あなたのことをお祈りするよ…。


 そして本当にその夜から、絵梨は桜の木を見守りながら眠った。喫茶さくらのテーブルを繋ぎ合わせ、その上に布団を敷いて眠った。時々カーテンを開け、桜の木を見ながら、眠った。


+++


 翌日の放課後、絵梨は三咲を裏門近くのベンチに誘った。日暮れが迫る中、絵梨は真面目な顔で切り出した。


「あの。ごめん。報告があります」


 三咲はポカンとしている。


「あのね、折角生き物係の活動計画に入れてもらったんだけど、ウチの桜の木、切ることになっちゃった」


 佳太の報告を知っている三咲は悲痛な表情で俯いた。いつの間にやって来たのか、白髪の老人がベンチから少し離れてに所在無げに立っている。


「絵梨はそれで大丈夫なの? まあ、あの殺菌ペーストだけじゃ完治は難しそうなんだけど」


 絵梨が三咲の方を向いた。


「大丈夫じゃないけど、やっぱり桜が倒れて、何かにぶつかったりしたら只じゃ済まないって。私も学校を辞めなくちゃいけなくなるし」

「ううむ」

「だから、三咲、有難う。私、伐採までの間は毎晩桜の木を見ながら寝るの。お店の中で。だからもう思い残すことない…と思う」


 三咲も俯いた。


「そうね、仕方ない話なんだよね。また生き物係は別の計画作らなきゃね。絵梨の支えになるような」

「有難う、三咲。じゃ、今日はもう帰る」


 淋し気に微笑んだ絵梨は背後に気づかず、そのまま歩いて裏門を出た。残された三咲はぽつねんとなった。すると、後ろから突然声が掛かった。


「喧嘩でもしたのかい? あの子と」


 箒を手にしたあの老人だった。

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