第16話 死刑宣告

 間もなく喫茶さくらにカンナから工事計画が届いた。佳太からの助言を受けたのであろう、まずは外構部の工事で、桜の伐採と土壌改良計画がその中に含まれている。ウッドデッキ調の外構部パースの背景には、板張りと漆喰の真っ白な外壁に丸窓の建物も描かれているが、計画には建物内のリフォームは含まれていない。しかし、パースの次頁には店内から外を見たイラストが添えられていた。丸窓から見えるウッドデッキにプランターの草花。季節ごとに植え替えないと、こうはならない絵だ。そしてそこに桜の木の姿はない。滋は家族が見守る中でその頁を開いた。


 イラストが絵梨の胸をミサイルの様に貫く。瞬間、息が止まった。


「嫌、ぜったいに。ぜぇーったいに嫌!」


 絵梨は叫ぶ。


「窓から見える桜がないなんて、窓の意味ないじゃん! 喫茶さくらの意味ないじゃん!」


 そしてぷいっと外を向いた。滋も美鈴も唸るのみ。娘の気持ちは痛いほど解る。しかし、事業主としての安全配慮は義務でもある。滋は一緒について来た桜の木の診断書を手に取った。


『ベッコウタケ病に罹患と思われます』

『癌種病に罹患しています』


 そして、考察部分には


『伐採と土壌殺菌の要ありと認めます。  樹木医 神鍋佳太』


と記されている。まさに死刑宣告だ。余裕なんてないが、事故があった場合はそれどころではなくなる。滋は文字から目を逸らし、目を瞑った。美鈴は計画書をぺらぺらと捲り、絵梨は窓の外を向いたままだ。10分が経過した。滋が目を開ける。


「絵梨。絵梨の気持ちは良く判るし、桜姫の言うことは尤もだ。喫茶さくらから桜が無くなったら、絵梨は姫じゃなくなるし、店は只の茶店ちゃみせだ」


 絵梨は父を振り返る。目に涙が溜まっている。こんな時に下らない冗談を…。


「だがな、万一のことがあった場合、店すら危うくなる。と、言うことは生活が成り立たなくなると言うことだ」


 滋は自分を鼓舞するように頷いた。


「お父さんには家族を養ってゆく責任がある。絵梨には少なくとも高校は出てもらいたい。だから計画は受け入れる。外構については他にも考えがあるだろうから相談する。また桜を植える事だって出来るだろう」


 絵梨の耳を父の言葉が通り過ぎる。言ってることは理解できる。間違っていない。家族のことを考えてくれていることは有難いし、私だって家族は大切だ。だけど、だけど…


「代わりの桜じゃ駄目なの! あれじゃなきゃ嫌なの!」


 滋は立ち上がって絵梨の肩を撫でた。


「すぐって訳じゃない。準備にも時間がかかるだろう。その間に絵梨の想いを桜に伝えてあげてくれ。桜の木だって病気に蝕まれて苦しいかも知れないんだ。自分のことは多分自分が一番良く判っている筈だ。桜だって同じ生き物なんだから」


 涙がポロポロ零れた。絵梨は黙って店の扉を開け出てゆく。そして、桜の幹に手を突いた。みんなが泣いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る