第19話 衰弱しとる

「あの、良かったら中にどうぞ」


 絵梨は二人を招き入れた。そして客席に座らせると、紅茶を持って来た。なけなしの『さくらティー』だ。


「これ、ウチの名物なんです。桜の花びらを塩漬けして、シロップを入れて飲むんです」

「美味しいんですよー。お洒落だし」


 三咲は早速カップを抱え、城先生もカップに口をつける。


「やっぱり桜は美味いなあ。そうか、塩にシロップな。お汁粉に塩入れるのと一緒やな。引き立つわ」

「あの、それで三咲と先生は何をしていたんですか?」

「ああ、桜のな、状態を見とったのよ。生き物係として気にしてたもんでな。樹木医は伐採せいと言うたんやろ?」

「はい。来週から工事が始まるそうです」


 三咲がカップを持つ手を下ろした。来週から…。城先生もカップを置く。


「まあ、見た感じではあんまり良くないのう。前に見た時はそうでもないと思うとったんやけどな」

「前?」

「うん。あの木とは前から知り合いやったからな、たまに見とったけど、今年は花が少ないなあ思うて、ちょっと前に一回だけ調べてみたんよ。歳やけどよう頑張っとるなって、ハグまでしたんやぞ。それからそんなに時間は経っとらんけど、急に弱くなっとるな。樹木医の言うことももっともかも知れん」


 絵梨の心は乱れた。以前見た幽霊、頭が白髪だった。それに幹に抱きついていた。せ、先生だったのか。流石は生物の先生。だけど、その先生もあの桜は見込みがないと言っている。私があの桜の木に、いなくなるまで毎晩見守るよ、とか言ったから桜の木も力が抜けたのかな‥‥。


 悲痛な表情の三咲も先生に問うた。


「城先生、何か手はありませんか。樹木医は私の叔父なんですけど、殺菌用のペーストとか言ってました。値段は高いみたいだけど、そう言うので治りませんか」

「ああ、何とかMとか言う奴やな。部分的には殺菌言うのか消毒効果はあるかも知れんけど、幹の一部がキノコか、もしかしたらカミキリムシとかでズブズブになっとるから、あそこはもう難しいなあ。強い風とかに煽られたらそう言うところに力かかって来るからな」


 絵梨と三咲は項垂れた。


「せやけど、お二人さん。切られても全部が死ぬわけちゃうからな。動物とちごうて死んでも木は身を残す。伐採した木もいろいろ使える。絵梨ちゃんの机みたいにな」


 城先生は飄々と言った。そうだ。木が無くなっても1卓は生き続けている。なるほど木は死しても身を残すのか…。決して消えてしまう訳じゃない。前向きに考えよう。絵梨は背筋を伸ばした。


「城先生。有難うございました。何だかちょっとすっきりした気がします。ちゃんと後に残るんですよね、木は」


 城先生は微笑んだ。


「まあな。人間は死んでも何も残らん。せやからわざわざ墓建てるんやろな。植物の方が、同じ生き物でもよう出来とるように思うわ。伐採したらワシも見に来るわ」


 城先生は小さく肯いて二人を見ると腰を上げる。


「さーって、ほんなら帰るわ。垣内さんは帰れるか?」

「いえ。私、今日は絵梨と一緒にここに居ます」

「そうか。桜の木も大した男前やな。お茶、御馳走さん」


 先生は手を挙げるとすーっと出て行った。


「えっと、三咲のお布団、あるかな。ちょっと聞いて来る」

「あ、要らないよ! 私、シュラフ持って来てるの」

「シュラフ?」

「うん。今日はあの桜の木の下で寝ようかと思ってたから」

「うわ。三咲、有難う」


 絵梨は城先生の言葉を思い出した。ちょっと救われた気がする。だけど…、絵梨は気になった。なんで城先生、私の1卓を知っているのだろう。三咲から聞いたのかな。それともパッと見て判るのかな、生物の先生だから。


 三咲がテーブルを動かして就寝スペースを作っている。絵梨は慌ててインドアキャンプの手伝いに走った。


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