第12話 樹木医

「いやー、失礼しました。てっきり誰も見ていないと思って」

「前にも同じことをされていましたか?」


 テーブルに二人を座らせ、ドリップコーヒーを出した絵梨は思い切って聞いてみた。


「いえ、初めてですよ?」

「そうですか。前にも誰かが夜、あの木を触ってて、私、幽霊かと思って慌てて2階に逃げちゃったんです」

「へぇ。それはホンモノかもですね」


 男性は無邪気に言う。冗談じゃない、お化け屋敷になっちゃうよ。


「いや、三咲ちゃんから、あの桜の根っこが切られてて…って話を聞いたもんで、桜、大丈夫かなって見に来たんですよ。根っこを切ると、木が弱り易いんで。それに以前も桜の花が減ったと、こちらのママさんが仰ってたって言うもんですから、桜のコンディションが良くないんじゃないかなって」

「桜のコンディション?」


 三咲が割り込んだ。


「絵梨、この人は近所に住んでる、あたしの叔父さんで、神鍋 佳太(かんなべ けいた)さん。市役所の樹木医なの」

「樹木医?」

「うん。木のお医者さん。病気を調べたり治療したり看病したりするの。植物を愛する余り、未だ独身なんだけどね」

「へぇ?」


 絵梨には初めてだらけの話だ。木のお医者さんって居るんだ…。


「え、じゃあ、あの桜の木に問題があるかもって話なの?」


 佳太は、コーヒーを一口飲むと、カップを置いて絵梨の目を見た。


「花が少なくなって来たってことは、段々歳を取って来たってことなんですけど、病気って可能性もあるんですよね。そしたら今度は根を切ったって話でしょ。桜って根とか枝を切ったら、ちゃんと切り口を養生しないと、そこから細菌が入って駄目になっちゃうんです。だから危ないんじゃないかって三咲ちゃんに案内してもらって来た訳です。だけど、夜だからよく見えなくて判んない」


 絵梨は神妙な顔になった。1卓どころか桜の木までが危ういんだ。


「絵梨、切った根っこを叔父さんに見せてもらっていい?」

「うん」


 絵梨は店の奥に仕舞ってあった根っこを持って来て佳太に渡した。佳太は根っこを両手で持って観察する。心配そうに見守る絵梨、そして対照的に目を輝かせている三咲。


「うーん、ちょっと病気になってますね」

「びょ、病気?」

「何の病気?」


 絵梨と三咲の言葉が重なる。


「細菌が入ってるっぽいです。キノコが寄生して幹や根を腐らせてしまう。それに、このもっこりしている所は腫瘍です」

「しゅ、腫瘍?」

「多分他にもコブみたいなのが出来てると思うし、キノコが生えてるかも知れない」

「うぇ」


 絵梨は気分が悪くなった。木も病気になるんだ。腫瘍って、癌じゃないの? 


「あの、どうしたらいいですか? お薬飲ませるとか?」

「そうですね。これだけでははっきり判らないので、一度昼間にもう一度ちゃんと診ますよ。お父さんにお伝え下さい」

「は、はい…」

 

 桜の木が病気だなんて一大事だ。ん? 絵梨は突然思い出した。1卓が何故1卓になっているのかを。


「あの、聞いた話なんですけど、あの桜の木の横にもう一本桜の木があったそうなんです。でも、その木は倒れたって」

「もう一本…」


 佳太は唸った。


「伝染したかもですね」

「で、伝染?」

「うん。細菌をちゃんとやっつけないと、近くの木にうつっちゃうことがあるんです」

「えーー!」


 マジで人の病気と同じなんだ。お医者さんが要る訳だ。


「その点も気にして調べることにしますよ。じゃ、今日はこの辺で。根っこを見せて頂いて有難うございました」


 二人は席を立つ。三咲も手を振った。


「絵梨、私もまた来るね」

「う、うん」


 樹木医とその姪っ子が帰った後、絵梨は桜の木の下に立った。病気、治してもらおうね。あなたが居なくなったら、このお店の看板が無くなっちゃうんだもん。絵梨は幹をそっと撫でた。

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