第13話 伝染

 その後、絵梨が学校へ行っている昼間に佳太はやって来たらしい。絵梨の両親が言うには1時間近く、桜の木を撫でたり触ったり、削ったりしていたそうだ。その場では何も言わず、後日報告に来るとのことだった。


 報告は週末になった。朝から店に電話があって、午後から佳太と三咲が一緒にやって来た。佳太は神妙な顔をして絵梨の両親と向かい合って座る。絵梨と三咲は隣のテーブルに、これまた向かい合わせで座った。佳太は写真入りのレポートを滋と美鈴に見せる。高校生たちは脇から覗き込んだ。


「結論から申しますと、桜の木の中に細菌が入り込んでいます。実物を見て頂くのが早いのですが、このように木の中がクシュクシュになって、キノコが生えたりしています。細菌って、要はこのようなキノコの菌ですね。腐朽菌って呼んでまして木を腐らせるのです。木は元気をなくしますし、最悪倒れてしまいます。その他に、この写真を見て下さい。根元が膨らんでますね。これも病気の一種で癌腫病って言うんです。まだそれほど酷くはありませんけど、細菌が土の中にもいると思われますので、このままでは治癒しません。これも木を弱らせて、枯れたり折れたりし易くなります」


 滋も美鈴も、そして誰より絵梨はショックを受けた。


「あの、治らないんですか? お薬とかで」

「酷い部分を切り落として、殺菌作用のあるペーストを塗ることで、自分の体力で治癒させるって感じですね。癌腫病の方は、土から幾らでも侵入するのでなかなか難しいと言わざるを得ません。樹齢も、もう数十年以上と思われるので厳しいですね」


「枯れちゃうんですか?」


 傍らで三咲も目を伏せている。病気のことは粗方あらかた聞いていたのだろう。


「そうですね。その前に倒れることもあります。コブが出来たり腐ったりすると、力のかかり方のバランスが崩れますから、例えば強い風を受けた場合に、均一に風の力を受けられずに、ある場所で折れやすくなったりします。それでマスター」

「は、はい」


 項垂れて聞いてた滋も顔を上げる。


「前が国道ですから、あちらに倒れると大変です。それなりの重量もありますから車にでもぶつかればエライことになります。なので何か手を打たないと心配です」

「そう、ですか…。判りました」

「手配は僕の方でしますが、ここってリフォームされるんですかね?」

「いやまだ決めた訳ではないですが」

「道路に倒れなくても、店側に倒れても被害が出ると思いますので、木の目途が立ってからリフォームされた方がいいと思います。万一リフォーム後に倒れてぶつかったら勿体ないですよね」

「ああ、そう言うことですか。目途ってどんな目途です?」


 佳太は腕組みした。


「申し上げにくいですが、伐採後って言うことです」

「ば、伐採!?」


 皆藤家の三名は息を呑んだ。あの桜が切られる? 切られて無くなっちゃう?


「安全を考えますとね、それが無難かと。以前に絵梨ちゃんに伺ったんですが、昔、もう一本桜の木があったとか」

「ああ、そうです。この店を作ってる最中に倒れちゃって」

「断定はできませんが、その木も病気だったかもですね。それで今の桜の木に伝染した」

伝染うつるんですか?」


 美鈴も声を上げる。


「土の中にも菌がいますからね。隣に生えてるとそう言うこともよくあるんです。元気な若い木のうちは、病気なんか体力でねじ伏せていたのだと思いますが、樹齢が嵩んで体力がなくなると進行が早くなるんです」


 一同はしんみりとなる。年老いた桜の木。店の名前にもなった木が年老いて、病魔に蝕まれ、負けつつある。喫茶さくらと同じ状況だ。店はリフォームできるけど、木はそうは行かない。


「あの、差し出がましいのですが、リフォームの際に土壌も消毒した方がいいと思います。このままだと木を植えてもまたやられちゃうので」


 滋は大きくため息をつく。1卓の再利用どころではない。話がどんどん大きくなってゆく。美鈴が滋をつついた。


「カンナちゃんに話した方が良くない? 事情を知っておいてもらった方が」

「う、うん。そうだな」


 佳太が手を挙げた。


「カンナちゃんって周防さんですよね。知ってるので話しておきます」


 周防カンナ。地元では知る人ぞ知る若手の建築家だ。公共建築も手掛けていて何度も一緒に仕事をした。自然派建築を追い求め、その結果今でも独身。佳太は以前から仕事のベクトルが同じなだけでないものを感じていた。だからこんな話であっても、話のきっかけが出来ることは嬉しい。皆藤さんを利用しているようで若干後ろめたいが…。


「そうなんですか。それはすみません」


 皆藤夫妻は恐縮し、絵梨はペーパーナプキンで目を擦る。三咲が絵梨の肩に手を当てて小さな声を出した。


「ごめんね、絵梨」


 三咲が悪い訳ではない。自然の摂理の一環だ。しかし絵梨は素直にそう思えず、黙ったまま目を擦り続けた。

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