第11話 再び幽霊

 間もなく『喫茶さくら』は3日程の臨時休業になった。調査の結果、カンナの予想通り、桜の木の根上がりで基礎の一部に亀裂が入って持ち上がり、釣られて横板が歪み割れる直前だったと言う。カンナは基礎工事業者を手配し、当該部分の板を外して亀裂の入った基礎部分を一部カットし、補修材を注入し元の形状に戻した。基礎には鉄筋も入っておらず、心配な状態ではあるものの、今から鉄筋を入れるのは至難として、次の課題となった。そして原因となった桜の太い根は家屋の手前で切断、根が抜けた部分には新たに土を入れた。また伸びる恐れもあるが、当面の策としては止むを得ずと先送りされた形だ。皆藤家では一旦はほっとしたものの、建物の抱える難題を考えると頭が痛いばかりだった。


+++


 ようやく営業再開したその日、絵梨にくっついてまた三咲が来ていた。話を聞いた三咲は興味津々だった。


「根っこが建物を壊すの?」


 美鈴から聞いた話を熱心にスマホにメモしている。後学の為だそうだ。すると…、


♪ カランコロン


 店に入って来たのは、漁協婦人部の吉祥千枝だった。今日は一人のようだ。千枝はそのまま店の奥まで歩いて来る。


「一体どうしたの? 暫く休んでエライことなってたわよね。みんな、遂に閉店か?って騒いでたわよ」

「すみません。お騒がせして。それが建物の基礎の一部が割れてることが判りましてね、その部分を補強してたんです。基礎の部分だから、店も閉めざるを得なくなって」


 美鈴が申し訳なさげに説明する。


「なんで壊れちゃったの? 私たちが重量オーバーしたのかな?」


 すかさず三咲が割って入る。


「店の下まで桜の根っこが入って来て、その根っこが太くなって基礎を持ち上げたんですって」

「へぇ。ああ、時々街路樹の根っこが歩道の舗装を割って出て来るみたいな感じね。なんであなたが知ってるの?」

「さっき教わったところでーす。あたし、建築士になりたいからめっちゃ参考になります!」

「ふうん。ここもいろいろ役に立つってことねぇ。それでその根っこって、もしかしてあそこに置いてある奴?」


 千枝が指さした先には、テーブルに敷かれた毛氈もうせんの上に、きれいに洗われた根っこが鎮座していた。


「そうなんです。主人が記念に取っとくって切って置いてあるんですよ」

「ふうん」


 千枝と三咲は並んで根っこを熱心に眺め回した。


+++


 その夜のことだ。翌日が日曜と言うこともあり、絵梨は1卓でのんびりと宿題を片付けていた。両親は2階で寛いでいて、時折国道を走り抜ける車の音以外は静かな夜だった。絵梨は窓のカーテンを開け、時折真っ暗な外を眺めながらシャーペンをノートに走らせている。


「*>&#%+」


 ん? 人の声が聞こえたような。絵梨は立ち上がり窓辺に寄る。するとそこに、男性が立っている。


 前とは違う幽霊?


 絵梨も今度は引き下がらず、幽霊をじっと見つめる。なんだ。やっぱ人じゃない。しかし、その人の影から現れたもう一人に更に驚かされた。


「え? 三咲?」


 絵梨は目をしばたかせる。しかしどう見ても昼間やって来た三咲だ。幽霊と楽し気に話しをして、幹を触ったり叩いたりしている。なんで? 何やってんの、あの子?  絵梨は扉を開けて表に飛び出した。


「三咲!」


 三咲は驚いて振り返る。


「あ、絵梨? バレちゃったか」

「何やってんの?」

「ちょっと、桜の診察よ。ね、佳太おじさん」


 幽霊の正体見たり佳太おじさん。また知らないキャラが現れた。


「とにかくお店に入ってよ。コーヒーでも淹れるし」

「うん、有難う。佳太おじさん、同じクラスの絵梨ちゃんよ。皆藤絵梨ちゃん」

「ほう…」


 幽霊疑いの男性は落ち着かなさげに、喫茶さくら に入って来た。

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