第33話 龍志の原点

 龍志はヒロキに結婚すると報告した。

「やっと落ち着けそうです、結婚します。ビデオレコーダーの人です」

「へっ! あのデカイ女か? どこかで会ったとずっと考えていたが、アンモナイト・ババアを連れて来たメガネだと気づいた。そうだな?」

「そうです。ニセ恋人を卒業してホンモノに昇格したんです」

「おめでとう! 男はな、一度は結婚して自分と違う生命体と共存することが必要だ。おめでとう! 良かったな! だが、お前はずっとNo.1を続けてくれ! ホストは若いだけじゃないぞ。若いやつらにない艶と包み込む優しさがお前にはある。俺を支えてくれ、頼むぞ」

「ヒロキさん、僕の原点はここです。この店です。嫌がられるまで続けさせてください」


 まもなくモンリンの奮闘で龍志は新しい住処を確保した。店から歩いて20分足らずの空家をリノベーションした。新宿にも人と車に溢れた大通りを入ると数十年も時代に取り残された空家が点在する。公的補助を得るためにふたりは慌ただしく入籍し、空家活用給付金と低利の貸付金を利用して3階建ての古ぼけた昭和の洋館を蘇らせた。


 そのオープンの日に双方の両親と美由を招いて親族紹介した。半年ぶりに会った美由は龍志と凛子を羨ましそうに見ていたが、兄ちゃんのお金は大事に使ってるよとささやいた。

 結婚式はしないのかと不満な両親に凛子はアルバムを開いた。そこには白無垢の凛子と羽織袴の龍志が緊張した表情で並んでいた。美由がまだ喘いでいるかと思うと、龍志は結婚式をするつもりはないが、凛子の気持ちを察して記念に撮った写真だった。台紙に納められた幾枚もの写真に目を通しながら、

「龍志くんはまったくいい男だなあ、ため息が出るよ。男嫌いの凛子が夢中になったはずだ。応援してくださる方々に紹介したいので盛岡で披露パーティを開くが、そのときは来てくれよ。龍志くん、頼むよ。社労士になったと聞いたがここで事務所を開くのか? 開業資金は心配しないでくれ、応援させてくれるか」

 凛子は龍志を離さず喋り続ける父を横目で見ながら、龍志の両親に「不束な嫁ですが末長くよろしくお願い申し上げます」、頭を下げた。

 ふたりの新生活がスタートしたが、子供が生まれるまで仕事は続けたいと言う凛子を龍志は快く送り出して、ホストを続けた。すれ違いの時間は多いが、それはそれでラブラブの日々が流れ、凛子は身ごもった。龍志は土~月をホスト休業日に認められて、月は社労士の業務に注力した。そんな龍志にライオンズクラブのおばさま方の紹介で、労務関係の依頼企業は着実に増えた。


 それから2年経った秋、ある事件が報道されて新宿歌舞伎町のホスト街は騒然となった。

“頂き女子りりちゃん”こと渡辺真衣による詐欺事件だ。マッチングアプリで知り合った男たちから騙し取った金をホストに貢ぎ、ホストは犯罪がらみの金と知りながら受け取った罪で逮捕された。総額2億円を詐欺で手に入れたとされる渡辺真衣も逮捕されたが、逮捕された当時は住所不定、所持金は僅か数百円でタチンボ同然の生活をしていた。

 警察はホストの田中裕志だけではなく、店の店長・橋本一喜も逮捕した。田中裕志が売掛金を返済した金が詐欺による黒い金だと知りながら受取り、計理上を預り金処理したことで、“組織犯罪処罰法違反”の嫌疑で逮捕したのだ。組織犯罪処罰法違反は、暴力団や麻薬密売組織、振り込め詐欺グループ、テロ組織などに適用される法律だが、女を食い物にしたホストと店長に適用されることは極めて異例のことだ。

 そして、逮捕された田中と橋本の店は、ホスト業界最大手のグループ『エルズコレクション』の系列店『LATTE』だった。このグループは歌舞伎町だけでも店名は違うが30店舗を持ち、各店は完全独立採算だ。30店舗の大半はグループ内の店に勤務していた人気ホストたちが看板をもらって独立したと推測できる。2名の逮捕者出した『LATTE』は、その年の12月に「店名を変えて営業する予定はない」と明記した上で廃業した。


 渡辺真衣の詐欺事件によって、ホストクラブの売掛制度に世の批判は続出したが、売掛制度そのものは企業間での通常取引にも用いられ、悪の根源ではない。しかし、ホストクラブという特殊な空間を経営する業種には売掛制度は不適切と思える。

 ホストクラブの売掛は、月末の締日までに客は当月の飲食代をまとめて支払うというシステムで、客の支払いが遅れた場合はホスト個人が肩代わりして店に払うのが通例だ。払わないと給料から引かれる。そこで、売掛が滞った若い客には風俗で働いて金を返せと迫る“姫転がし”が発生する。また、ホストにとっても月末が近づくと接客どころではなく、借金取りに奔走せざる得ないのが実情だ。客が払っても払わなくても痛くも痒くもないのが店の経営者で、借金を抱えたまま逃げ出したホストは数知れない。


 この騒動が世間を賑わす中、マネージャーのヒロキはオーナー代理で“歌舞伎町ホストクラブ連絡会”に出席した。この街でホストクラブを経営する40グループのうち18の代表者が集まったが、売掛制度廃止と時期を巡って折り合いがつかず、13グループで業界団体を結成し、売掛金制度廃止とその時期、新規売掛は発生させない、未成年者の入店禁止を徹底する旨を東京都と協議が始まった。

 なお、龍志が勤務する『CLUB LUNA』のように現金またはカード決済の店は、歌舞伎町では20%だが加速的に増えて行くだろう。


 一方、ヒロキと龍志が育てた大学生ホスト5人のうち3人が他企業に就職せずに店に残って、アキラとヒデは大学院に進み、シンヤは龍志のようになりたいと言って社労士の勉強を始めた。

「龍志のお陰で店は変わったなあ。イケメンだけのチャラ男に客がつかない時代になった。今迄うさん臭い目で見られたホストクラブが変わって行くチャンスだ。今はその激変の渦の中だと思うが知ってるか? この街に30~40代のホストだけの店が開店して、けっこう繁盛している。うちは龍志がNo.1で最古参のタカシがNo.2だ。チャラチャラして若いだけがウリのホストが稼げる時代は終わった。お前ら、よく聞けよ。この先違う道を選んでもホストをやった経験は必ず役に立つぞ。ホストをしながらセカンドステージを目指すのもよし、生涯ホストを続けるのもよし、さあ、今日も悔いのないように頑張っていこう! そうだ、たまには俺をヘルプ指名してくれ、頼んだぞ!」

 ヒロキの声が響いた。

<完> 最後までお読みくださってありがとうございます!

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ホストの龍志 山口都代子 @kamisori-requiem

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