第32話 モンリンって?

 新宿に着いた龍志は凛子を先に帰して、ヒロキにお礼を言おうと店に寄った。

「お気遣いありがとうございました。男と会って話しました」

「なんだ来たのか、オマエは休みのはずだ、気を使うな。やりとりは録画ビデオを見たからよくわかった。あの店は暴力団じゃないがタチが悪い男がやっていて、ネットの評判は最悪だ。携帯しようとした男の手を女が叩いたな、そして男を吊るし上げて借用書を書かせた。あのデカイ女は刑事か?」

「付き合っている人です。ドアを開かせて足を滑り込ませたりビデオを撮ったのもそうです」

「へぇー、お前は変わったヤツだなあ、あれが彼女か?? 俺はわからん。それからな、イサオとタクヤはテレビ撮影みたいで面白かったと喜んでいた。俺もお前の土産を食べたが新潟の駅弁は旨いなあ。疲れたろう、さっさと帰って寝ろ!」 


 龍志が部屋に帰り着くとカレーの匂いがした。

「お疲れさまでした。早くお風呂に入ってください。ご飯作ったんですよ」

 風呂から出ると凛子がバスタオルで包んでくれた。

「美味しいうちに食べましょうよ」

「君こそお疲れさまだった。僕が食べたいものは君だ。いいか?」

 一戦交えて食べるカレーは旨かった。ほんのり酔ったふたりに親父の電話が入った。


「世話になったな、ありがとう。俺はお前が怒るのを初めて見て驚いたよ。そのあと母さんがグチグチ説教したが美由は返事しなかった。通帳と印鑑は預かると言ったら、どうぞと言ったから持って帰ったが、お前の祝金があるから困らんだろう。美由にレコーダーの録音を聞かせた。じっと聴いていたが男の嘘は薄々勘づいていたようだ。だが、これほど健一さんに傷つけられたとやっとわかったよ。もし、美由が苦界に堕ちたら退職金を叩いても俺が何とかするからお前は心配するな。せっかく彼女を紹介してくれたのに悪かったな」 

「父さん、美由は大人だ。美由を信じたい。つい叩いてしまったが甘やかしたくなかった。そして探偵事務所に美由の監視を継続してくれるように頼んだが、職場を放棄したら危ないと思う。しっかり者の美由がこうなるとは考えてなかったが、ヤセ我慢だったとよくわかった。父さん、時間が取れたら行くよ」

「いつでも凛子さんと来てくれ。しかし背が高い人だな、俺より大きかったんで驚いた。また電話するが凛子さんによろしく伝えてくれ」

 祝金を渡したとき、美由が「こんなにいいの? 大事に使うね」と言ったのを龍志は唐突に思い出した。


 あれ以来何も美由から連絡はなかった。心配で仕方ないが美由を信じよう、龍志はホストの日々を送った。そうだ、凛子とは1週間ほど会ってないが仕事で忙しいのか? 考えないことにした。そういえば三千円は元気で頑張っているだろうか? 少し心配になってあいつの店に指名の予約を入れた。

 店先で元気な笑顔に迎えられ、こちらへどうぞと指名客ブースに招かれた。 

「お兄さん、もっと店に来てよ。あーあ、ケアをさぼってんな、イケメン度がマイナスだ。伸びたところをカットして毛先をウェーブゴールドにしたいなあ、流行ってるんだ。いいでしょ?」

「いいよ。好きなようにしろ」

 カットしながら、

「ねぇ、お兄さんは心配事があるの? あのさ、眉間にタテジワが出来そうだよ。フェイスパックしたいけど時間ある? モンリンとケンカしたの?」

「時間はあるがモンリンって誰だ?」

「やだぁ、わかんないの? モンスター・リンコよ。お姉さんは普通じゃない、モンスターだよ。パックは30分かな。最初はフェイススチーマーで毛穴を開いてからパックするの。ツルツルになるよ。そしてね、聞いて欲しいことがあるの、いい?」

「いいよ。勝手に喋ってくれ」

 アンはしばらく真面目に仕事に熱中した。椅子を倒して俺の顔にスチームを当てた後に、いい匂いがするゲル状のパック剤を塗った。


「リップパックもしたから15分は喋っちゃダメだよ。私のニュースを聞いてね。モンリンが教えてくれたんだ。私が住んでる家は私の物で、継父が遺言したんだって。それでね、モンリンとナントカ役場に行って確めた。それから大きなハンコを作って登録して、大事なものは貸金庫に預けたの。みんなモンリンがやってくれたんだよ」

 龍志は想定外の話について行けなかった。沙奈江がこの子を追い出さなかった理由はこれだ! 凛子はなぜそれに気づいたんだ? 不思議に思った。

「継母の会社はアブナイときが必ず来るって。継母が綺麗なマンションに引っ越そうと言ったら、家を売り飛ばす気だから絶対うんと言ってはダメってさ。そんときは継母から逃げてアパートを借りなさい、そのために貯金しろって。だから真面目に貯金はじめたんだ。

 泣きつかれてもヒドイことを言われても知らんふりして、すぐ家を出なさいって。もし継母に家を渡しても私は必ず追い出されるって、モンリンはキッパリ言ったんだ。利用価値と財産がない私はジャマなだけで放り出されるって。あのさ、あの家は1億以上するから店を開くときに使うのよって厳しく約束させられた。

 頑張れば店が開けるんだ、すっごく嬉しいよ! 家のことはお兄さん以外に絶対に喋っちゃダメって、これも約束した。喋ったらハゲタカ男が寄って来るってさ。でもさ、約束できる人がいるって嬉しいなあ」


 はぁ~ とんでもない話だがこの子がやっと幸せになれそうだ、いい話を聞いた。アン、お前は悪い男に騙されるなよ、龍志は目を閉じた。三千円は追い打ちをかけるように、

「お兄さん、聞いてる? モンリンはスゴイ! お兄さんはボーっとしてたら振られるよ。でも安心してね、私が引き取ってあげるから」

 はぁ……

 やっとパックが終わった。鏡の俺はツルンツルンルだ。

「お兄さん、モンリンに捨てられるかも知れないってホントにわかったぁ?」

「少しはわかったが凛子は店によく来るのか?」

「うーん、月イチかなあ。だってこの店は高いもん、そうそう通えないよ。でもさ、モンリンはキレイになったよ、いいなあ。私さ、お兄さんの妹はやめてやっぱり恋人になりたいなあ」

 恋人かぁ…… 三千円が再生できたのは凛子の優しい心と役立つ知恵や知識、それ以上の驚異の行動力だろう。美由の身近にもモンリンのような人間がいたらなあ、龍志は無い物ねだりを探した。


 ヘアスタイルは爽やかになったが龍志の心は晴れなかった。凛子に捨てられるのか…… とにかく声を聞きたいと携帯を取り出した途端、携帯が鳴った。

「龍志さん、聞いてください。私、決めました。本当に結婚します!」

「はぁ? 誰と?」

「普通の人です。名前を知りたい?」

「…………」

「どうしたんです、なぜ黙っているの? 私が結婚する人は一条龍志さんです」

「からかうな! 許さない! 今どこにいる!」

「新宿です。都庁の近く」

「早く僕のとこへ来い、最高に怒ったぞ!」


 部屋に急ぐ龍志は嬉しかったがそれ以上ビンビンに腹が立った。階下のコンビニで買物している凛子を見た。さっき自分が放った言葉のカケラすら微塵も感じさせず、店員と何やら談笑して店を出た。

「あら、そんなに怖い顔でどうしたの?」

 龍志はコンビニ袋を奪い取って、凛子の背中を押して部屋のドアを開けた。

「凛子、俺で本当にいいのか、こんな男で」

「だって大好きなんですもの。怒った顔はもうやめてね」

「うるさい!」

 龍志は凛子を力一杯抱きしめて動かなかった。コンビニ袋が床に転がり落ちて乾いた音を立てた。

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