第24話 雪の中の皇居

 今年も豪華なクリスマスイベントで店は大にぎわいした。何本もシャンパンタワーが立ち並び、ホストたちのコールが店内をコダマした。ピン立ちに成長した大学生ホストにヘルプをつけた。以前からのヘルプの大半は一人前になったが、後輩に抜かれて辞めたヘルプもいた。店は30日で終業し、龍志は人並みに正月休みになる。スキーに行く、田舎に帰る、恋人と新年のカウントダウン、若いホストたちのハシャギ声を聞きながら、凛子は盛岡に帰っただろうか、あっちはすごい雪だろうなと窓の外を眺めた。そのとき携帯が鳴った。


「凛子です。今いいですか?」

「いいよ、仕事が終わって家に戻るところだ。君は田舎に帰らないのか?」

「ダメです、帰れません。途中が大雪で新幹線が動いてません。良かったら会ってくれませんか?」

「今から?」

「そう、今から」

「どこで?」

「うーん、皇居はどうでしょう」

「面白そうだが、まさか小雪が舞っているのに皇居の堀でボートを漕げと言うのか?」

「いいえ、ボートは合格しました。散歩しませんか? 昼間と違ってシーンと静まりかえって素敵なんですよ」

「真夜中の散歩? それも皇居? もう電車は動いてないよ。君はどこなんだ?」

「神田の皇居寄りに住んでるから歩いて30分で行けます。二重橋の前でどうでしょう?」

「わかった、行くよ。僕は車を拾うから30分以上かかるだろうがいいか?」

 皇居なんて行ったことがないな、今年最後のサプライズかと龍志は愉快になった。


 タクシーの運転手に行き先を告げたら、「お客さんは皇族を警護するSPさんですか、こんな時間にご苦労さまです。近頃は物騒だから大変ですねえ、頑張ってください」と激励されたが笑って聞き流した。車を降りたが凛子はいなかった。違ったかなと不安になったときに凛子はコンビニ袋を抱えて走って来た。

「ごめんなさい。混んでいて遅くなりました。私の散歩に付き合ってくれてすみません」

 ほかほかのポテトとバーガーを差し出した。なぜかコンビニのコーヒーを旨いと思った。


 雪は小粒から湿った大粒に変わった。肩を抱いて歩く雪景色は、凛子が素敵だと言ったメルヘンの世界だ。周りのビルや水鳥は眠りにつき、街路樹はうっすらと雪化粧し、時折走り去る車の音がかすかに聞こえるだけだ。

「ここに来たことがありますか?」

「ない! タクシーの運転手さんが僕を皇族警護のSPと間違って、頑張ってくださいと言った。こんな日のこんな時間にこの雪の中に散歩に来るやつなんて想像もしないだろう。散歩に来たと言ったらどんな顔したかと思うと今さら残念だ」

「龍志さんがコートを着てないからSPと間違ったのでしょう。寒くないですか」

 凛子は自分のマフラーを俺の首に巻きながら胸に顔を寄せて、

「とってもいい匂いがします。香水ですか?」

「そうだ。仕事が終わってそのまま雪の中を散歩するとは思ってなかったから、仕事帰りだ」

「この龍志さんはホストの龍志さんですか?」

「こんなマヌケなホストがいると思うか? 恋人に呼び出された普通の男が雪の中にいるだけだ」

 にっこり笑った凛子がふたりの写メ撮っていいですかと、何度かタップした。

「雪が降って少しは恋人らしく見えそうだ」

 龍志の言葉に凛子が頷いた。朝方には雪は降り止み、大晦日の朝が来た。

 

 陽が高くなってやっと目覚めた龍志に凛子のメールが待っていた。

「もしヒマだったら会えますか?」

「ヒマだけど、いつ? どこで? ボートとプールは辞退したい」

「東京の穴場にお連れしたいです。天気がよさそうなので初日を見ませんか?」

「初日? 穴場、まさか山? 海か?」

「目の前に東京湾が望める公園です。6時50分前後が日の出です。葛西臨海公園駅で6時30分に待ってますが来てくれますか? 電車は終日運行ですが暖かい服装で来てください」

「へぇ~ 行きたいが早起きに自信がない、5時に起こしてくれたら行けそうだ。最近はそんな早く起きたことがない」

「じゃあ行きましょう、起こします」


 龍志は携帯で起こされた。寝ぼけた体を珈琲で目覚ませて部屋を出て、小1時間で約束の駅に着いた。凛子が鼻のテッペンを真っ赤にして待っていた。

「待たせたか? うぁっ、まともに海風が叩きつけて冷たいなあ! こんなに大勢の人が初日を待ってるなんて驚いたがここは有名なスポットか?」

「とても有名です。もうすぐあの方角から薄日が差します。ほんの少し明るくなったでしょ、ディズニーランドのシンデレラ城の横から日が昇ります。それで大人気なんですよ。丘の上で見ましょう、行きますよ、ダッシュ!」

 空は徐々にオレンジ色のグラデーションに染まり始め、シンデレラ城の左方向から太陽が昇り始めた。城の背後で高度を上げて天空を移動する姿は、おとぎの国のオープニングに見えた。

「すごいなあ、この夜明けの空を魔法の箒(ほうき)に乗ってスイスイ飛びたい気分だ」

「だめです、龍志さんは太陽神アポロンから嫉妬されてイカロスになってしまいます」

「イカロス? なぜ僕は海に落ちて死ぬんだ?」

「わかりませんか? 龍志さんはとっても素敵なんです」

「お世辞でも嬉しいよ」


 目をつむった凛子を引き寄せて軽くキスした。大きな観覧車に乗りたかったが長蛇の列を見て諦め、とにかく朝飯を食べようと東京駅に直行した。牛タン定食の麦飯にトロロをぶっかけて、やっと一息ついた。

「君は神田に住んでると言ったが、そこは学生街だろう? 本屋がたくさんあると聞いた」

「そうです。倒れそうな木造の古本屋の2階に住んでいます。店は8時に閉まるので留守番みたいなもので、家賃が安いんです」

「しかし、若い女性がそんな所に住んで大丈夫か? 物騒じゃないか?」

「近所の目があって大丈夫です。龍志さんは新宿でしたね、マンションですか?」

「下がコンビニで何かと便利だ」

 凛子といると学生時代に戻った気分で青春の揺らぎに負けそうだ。俺は凛子に惚れたのか?


「1年の計は元旦にありだ。悪いがこれから帰ってやりたいことがある。筆記試験と通信指導課程はクリアしたが面接指導に受かって初めて社労士になれるんだ。君に誘われて最高の初日を見た。この幸運が消えないうちに昨年学んだ復習をして今年につなげたい」

「“天は自ら助くる者を助く”です。面接指導はいつなんですか?」

「2月のアタマだ」

「龍志さんの勉強期間中に次はどこに連れ出そうかなと考えるのも楽しそうですが、メールはいいですか?」

「大歓迎だ。そして気が向いたら新宿や渋谷、いや、神田でもいい。プチデートしてくれないか?」 

 凛子はふふっと微笑んで俯いた。

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