第15話 ホストを増員
12月30日、今年を終業したミーティングの後、ヒロキさんが、
「話があるが都合つくか?」
「大丈夫ですがどこかへ寄りますか? もし良かったら部屋に来ませんか、近くです」
ヒロキさんは俺の顔を覗き込んでニヤリと笑い、
「女が待ってないか?」
「残念ながら、そういう人はいません」
「そうか、そこで寿司でも買って寄らせてもらおう」
ヒロキさんは部屋に入るなり、パソコンの前に散らばっているテキストに気づいたが、そ知らぬ顔で上がり込んだ。
「お姫さま方の機嫌を気にせず男同士で飲む酒は旨いな! 龍志、俺が幾つか知っているか?」
「僕は26を過ぎました。多分ヒロキさんはもうじき29と思います」
「そうだ。正直だな、オマエは。気を使って1歳ぐらい若く言うかと思ったよ」
寿司をパクつきながら愉快そうに笑った。
「俺は18でオーナーに拾われた。それから10年だ。4月に現役引退してマネージャーになる。谷崎さんは長瀬エンターに戻ってオーナーを手伝うことに決まった。それでオマエに頼みがある。俺の代わりにホストを束ねてくれないか」
ホストを束ねる? 驚いて寿司が喉に詰まった俺は返事が出来なかった。
「何をびっくりしてるんだ? オマエはNo.2だ。No.1を継いで束ねるのはNo.2に決まっている。難しく考えるな、運動部のキャプテンになったと思え、俺はコーチ兼マネージャーだ。どうだ、やってくれないか」
「すみません、僕はホストのまとめ役なんてなれません」
「誰がまとめろと言った? 束ねてくれと言っただけだ。束ねようとしても勝手に溢れていくやつもいる。シンジみたいな子だ。だがな、今じゃシンジはミナミでは若手No.1だそうだ、オマエのお陰だ。深く考えるな、気楽に構えろ。頼んだぞ」
はぁー、ワサビのせいで俺は泪がポロポロ溢れた。
「ひとつだけ訊くが、なぜ俺を抜いてNo.1にならないんだ? いつでもなれるだろう?」
「No.1になりたくないです。親父は胸までの雪に埋もれて今でも郵便配達してます。『お前は秀才ではない、普通だ。普通のお前は与えられた仕事をやり遂げ、決して目立つな、そして上の人を支えろ。お前はトップランナーに向かない、勘違いするな』、そう説教されました。
そんな親父の気持がわからず、同じ毎日の繰り返しがかったるくて信金を辞めました。しかし東京では親父の口癖の“大学さえ出ればどうにかなる”は通用しませんでした。そして僕はここにいます」
「覚えているか? 友人になりすまして身元確認したのは俺だ。オマエは震えていた。お袋さんの声を聞いて今にも泣きそうだった」
「は~っ、ヒロキさんだったんですか! まったく覚えてません」
「あれから僅か3年か…… オマエがここまでバケルとは誰も思ってなかった。俺がマネージャーになっても支えてくれよ。頼りにしてるぞ」
俺は自信なく頷いた。
「それからな、まだ内緒だが結婚するんだ」
「け、けっ、結婚!!」
「そんなに驚くな。俺が結婚して悪いか」
「いえ、そんなわけでは。ああ、おめでとうございます! やりましたねぇ!」
「SNSで知り合った女だ。小さな会社に勤めている」
「へーぇ! そんなのアリですか、びっくりしました」
「まだ誰にも言うな。人生にハプニングはつきものだ」
「結婚するって聞かされて頭の中がグチャメチャですが、まず祝杯あげましょう! ヒロキさんお幸せに!!」
翌朝目覚めると、俺はヒロキさんにガバッと抱かれていた。相手が違うだろ! ヨレヨレになった互いのスーツに苦笑して、ベッドをそっと抜け出した。珈琲を淹れてヒロキさんを起こしたが、のっそり起き出して大笑いした。
「オマエが先にダウンしたから寝かしたが、そのうち俺も寒くなってベッドにもぐり込んだ。男と寝たのは初めてだぞ! 俺たちはブラザーか?」
店はニューイヤー・イベントで年が明けた。人の幸せと涙を包み込んでいつもと同じようにネオンは煌めいた。ホストクラブは1月後半から2月のバレンタイン前にかけて、1年で最も客が少ない時期に入る。上客のオミズ嬢が客にあぶれ、キャバクラや水商売全体の客足が落ちる時期だ。しかしバレンタインが近づくと馴染みのホストにプレゼントを渡す客が訪れ、徐々に活気が戻る。
客足が落ちる時期を埋めようと、新規客開拓に10月からホストたちにキャッチさせた。彼らは軽いノリでLINE交換に成功し、面白がって次々と女の子に声をかけた。こまめにLINEでコメントして店に来てもらう作戦だ。LINE作戦の効果で、今年の閑散期の落込みは少なかった。
ある日、俺はマネージャーとヒロキさんに話があるから時間を作ってくれと頼み、まだ陽が高いうちに店に入った。不安な表情で俺を待っていたふたりは、
「龍志、どうしたんだ、まさか店を辞めたいのか?」
「違います。新人ホストを増員したいと考えました。話を聞いてくれませんか? 今のヘルプたちはヘルプを卒業したい、独り立ちするという気がなくて甘えています。彼らに刺激を与えるために、新人ホストが必要と思いました」
「何を思いついたんだ? そう言われると1年以上もヘルプの子もいる。今の若いヤツラは何を考えてるのか欲がない子が多い。だが、増員と言ってもどうするんだ? 募集するのか、ネットか?」
「今のヘルプが一人前になるには競争が必要です。僕が考える増員ターゲットはこれから大学に進む男子です。この時期は大学に合格して東京に住む子が増えます。そういう子をヒロキさんとキャッチしようと思います。東京で暮らすには金がかかります、最大は住居費です。寮に5部屋の空きを確認しました。彼らはホストのホも知らないでしょうが、キャッチしたいと思います。女の子のキャッチは下手ですが、男ならやれそうです」
「ふーん、ホスト増員か。客はさぞ喜ぶだろう、新人ホストに目がないからなあ。俺もキャッチ要員か? こら、俺をこき使う腹だな」
「そして、お願いがあります。キャッチで連れて来た子を“1日体験ホスト”させてくれませんか。ヘルプで横に座らせるだけですが、バイト料を出してくれませんか。その席でコミュニケーション能力を観察したいと思います。最後は本人に判断させます」
「ほおー、悪くない話だ。体験ホストとバイトはわかったが、どこでキャッチする気だ?」
「新宿区には有名大学が何校もあります。新入学生の大半は地方からの子です。大学周辺の不動産屋に出入りする子を狙います。男が男を見る目はけっこう正確ですから、マトモな子かどうかはわかります。何よりも世間づれしてない爽やかな子を選びたいと思います。そしてバイト感覚でやれると勧めます。あとは本人次第です、ヒロキさん、僕とやりませんか?」
「なるほどなあ、素人がホスト体験する仕事選びの社会体験か。オマエは本気になったようだ、俺も負けずに本気になるぞ」
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