第16話 大学生ホスト

 翌日からふたりでキャッチを始めたが、2人組の男に怪訝な顔をして足早に立ち去る若者が多かった。

「僕だけでやってみます。そして、キャッチした子をあそこのファミレスに連れて行きます。その子に仕事を説明してくれますか。興味がありそうだったら連絡先を交換してください。寮と店の画像をヒロキさんの携帯に送ります。画像を見せた方が早いでしょう」

 1時間足らずで長崎から上京した子をゲットした。その後も時間を見つけて約1週間ほど続けたところ、興味を示した学生は8名だった。彼らの面接はマネージャーに任せて、面接をパスした5名に体験ホストを経験させた。即入居可能な寮があり、稼げるまでは住居費ゼロが効いたようだ。彼らは仕事の詳細とホストの心構えをマネージャーから叩き込まれた。想像していたイメージとは違って、ホストクラブは運動部のようだと彼らは面白がった。


 途中経過を聞いた俺がヒロキさんに、

「あの子たちはこの仕事にまったく先入観がないみたいです、不思議です」

「アイツらはオマエのように家出した男じゃない、まったくスタンスが違うぞ。谷崎さんから聞いたが、全員の親が賛成したそうだ。昼間は大学へ通えて、独身寮完備の効率的なバイトと考えたようだ。彼らは3カ月間は週休2日制だそうだ。日陰の職業に見られていたホストが普通の職業に近づいている。オマエが新しい『CLUB LUNA』を作るのが俺は楽しみだ」


 4月1日、ヒロキさんはマネージャーになり、俺はまったく望まないがダントツのNo.1ホストになった。ヒロキさんが本指名を譲ってくれたからだ。ヒロキさんの客の全部が俺に移ったのではなく、可愛がっていたホストにも譲ったとよくわかった。

 第1週にデビューした、女と世間を知らない5人の新人ヘルプ・ホストは人気を集め、ずっとヘルプに安住していたホストたちがマジに焦り始めた。俺はヒロキさんに、学生ホストたちがイジメを受けていないか、モニタで見守って欲しいと頼んだ。

 そんなある日、ヒロキさんが企画した“桜まつりダンスショー”に思わぬゲストが現れた。ステージ中央で踊りまくる男はシンジだった。俺はお姫さま方の会話に相槌打つことすら忘れて、シンジに見とれた。大喝采と拍手の渦で踊り終えたシンジは、真っ直ぐ俺のテーブルに近づき、

「龍志さん、お久しぶりです。ここは僕に仕切らせてください。僕に何か出来ることはありませんか?」

「噂で聞いたが頑張ってるそうだな。今日だけでいいから新人ヘルプを教えてやってくれるか」

 客と新人ヘルプを前にしたシンジのトークは、相変わらず速射砲でエンドレスだが、喋りながらもしっかり客に気配りして、新人ヘルプに注意した。それを俺は客と談笑しながら眺めていた。閉店後、シンジは5人の新人に声をかけた。


「お疲れさん、ちょっと君たち集まってくれませんか。ニューフェイスと人気になって客が珍しがるのもせいぜい1カ月なんだ。それからは若いだけが取り柄のヘルプ・ホストだよ。多分僕と君らの歳はそう変わらないだろう。僕は高卒でこの業界に入ったから先輩だ。君たちは不安だろう? 僕に何でも訊いてくれないか」

 へえー、あのシンジが変われば変わるものだ! ヒロキさんと俺は顔を見合わせてパウダールームを出て、店の隅でコーヒーを啜った。ドアの向こうからシンジに負けないほど元気な声で質問が聞こえる。耳を澄ますとシンジはこう応えていた。

「先輩の客を取っちゃダメだ! 絶対的なタブーなんだ。そして誘惑されても客と寝ちゃダメ! 客と寝ても喜ぶのは客だけで、君の客にはならない。ホストを選ぶのは客だ。選ばれなかった自分が惨めになるだけだ。それじゃ仕事は続かないよ。それからさ、自分をPRするものを身につけると客が増えるんだ。ダンスや歌が苦手なら、客の話を上手に聞いてリードする。僕のようなオモシロ・トークでもいいんだ。何でもいい、自分にぴったりのものが絶対あるんだ。そうだ! いちばん大事なことは客を観察して嫌われないようにすることだ。次は声をかけてもらえるようになること、これは基本のキだ」

 いつの間にか古参のヘルプ・ホストも聞き入っているようだ。ついニヤッとした俺にヒロキさんは、

「あれはシンジの体験談か? エラソーに説教垂れるようになったか、開いた口がふさがらん!」

「シーッ、聴きましょう」


 売り上げを訊かれたシンジは、

「若い方ではトップだけど7~8千万かな。僕なんかまだまだ! 店には同レベルのホストが3人いる。この新宿に5億売り上げるホストがいるのを知ってる? イケメンじゃない、やたら若くもない。だけど客あしらいが上手い“人たらし”で有名なホストだ。この男に接客されるとどういうわけか、また会いたくなるらしい。この店で言えば龍志さんみたいな男だ。まず君たちはヘルプを真剣にやることだ。遊び半分でヘルプすると先輩ホストがヘルプ指名しない、そこはしっかり腹に入れておくこと。ヘルプ料は大事な収入源だよ。マジメにヘルプやった結果は3~6カ月後には枝も出来てると思う。

 (枝=他のホストの本指名客が連れて来た客が自分の指名客になってくれること)


 君たちは大学生と聞いたけど、学生だろうと金を稼ぐということはプロだ、学生気分は通用しないよ。他に訊きたいことがあったら手を挙げて~」

 しばらくシンジのマシンガン・トークが続き、トークショーは拍手で終わった。ヒロキさんが顔を出し、

「シンジ、役に立つミーテイングだった、ありがとう。立派になったなあ、嬉しいぞ」

 その声にシンジは立ち上がって最敬礼した。

「あっ、龍志さん、今晩僕を泊めてくれませんか? 明日は帰りますからお願いします」

「かまわないが、ただしベッドはシングルだ」

「そんなん平気です。僕は床でいいです」


 龍志の部屋に上がり込んだシンジは目ざとくテキストを見つけた。

「社労士の勉強ですか? どうしてヒロキさんの後釜にならないんです? そうか、ヒロキさんがあと10年はマネージャーだ。マズイや、龍志さんの出る幕はないな」

「勝手に妄想するな、社労士は選択肢のひとつだが、いつ合格できるか自信はない。脳細胞が働く間に何か資格を取ろうと思っただけだ」

「『CLUB LUNA part 2』とか考えないですか? 龍志さんだったらオーナーが助けてくれますよ。そのときは僕を雇ってください」

「勝手なことを言うな、俺は商売には不向きだ。店を経営する度胸や能力がない。そんなことより、君はミナミのNo.1だと聞いたが、最初は大変だったろう、よく頑張ったな!」

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