12.
◇レイフ視点◇
早足で駆け抜ける。
……悔しい。
負けた。
負けた。
負けた。
今すぐ戦場へ、もっと
……力が必要だ。自身の意志を貫き通すために。
王都の周りは討伐され尽くされ、近衛騎士団が防護を固めている。少し遠くまで行く必要がある。
懇親会は出られないな。まあ、元より馴れ合うつもりは無い。
階段を降り、狭く陽の入らない廊下へ出る。すると。
「おらっ!」
目の前で、愉悦を浮かべた男に、背の低い女性が顔面を殴られている。
血の気が引く、そして同時に、思考よりも先に身体が動く。
……その男を刺し殺そうとした瞬間、一拍遅れて思考が廻る。
刺せば死ぬ。
人は死ぬ。
簡単に。
殺せば犯罪者。
復讐は成されない。
――結局俺は、剣の柄から手を離し、その男達を殴り飛ばしていた。彼らはもう立ち上がれないが、別に死にはしない。
俺はその女性に駆け寄る。
「大丈夫か!?」
……酷い怪我だ。鼻血と涙、その左頬は赤く腫れ上がり、眼鏡も歪んでいる。何より返事が無い。俺は女性を抱え、医務室へ急ぐ。バルコニーへ向かう際に、視界の端に映った記憶を反芻する。
「うぅ……」
女性は呻く。良かった。意識はある。そしてようやく医務室に到着する。安堵したのも束の間、しかしそこに医師も看護師も姿は無い。
……時間が無い。顔に傷が残ってしまっては気の毒だ。俺がやるしかない。女性をベットへ座らせ、手当をする。
「ううっ」
消毒液を付けると女性は呻く。
「ごめん。優しくするから」
「いえ……」
そして少し落ち着いたのか、女性は滂沱のような涙を流し始める。
……怖かっただろうに。少し不格好な手当を終え、彼女が泣き止むまで手を握る。すると女性はその手を強く握り返す。
しばらくはそのまま。チラリとその胸元に光る新品の騎士紋章を見やる。星は一つ。この小さな身体はとても騎士には見えない。おそらく俺と同期、事務方の鳩所属なのだろう。
そして先程の凄惨を振り返る。暴行を働いた男がぶら下げていた騎士紋章は星三つ。参事補騎士は上位一割の大出世だ。
……なんなんだこれ。俺が子供の頃、憧れた騎士団の正体がこれか? 何が誉高き騎士団だ。ただの傭兵崩れの寄せ集めじゃねーか。
「助けて下さって、ありがとうございます」
涕泣へと移ったその女性は、声を裏返しながら口を開く。ほんの少しだけ落ち着いてきたようだ。
「いいんだ。どうしてあんなことに?」
「い、いきなり、俺の女になれって。……怖くて、声が出なくて、……逃げようとしたら……そしたら肩を掴まれて、……殴られました」
「な!」
反吐が出るほどの邪悪。そういう奴に限って、こういった気弱そうな女性を狙う。
……腕の一本や二本は吹き飛ばすべきだった。別にそれで俺が裁かれたって良いじゃないか。正義よりも、自身の保身に走った自分自身へ腹が立つ。
「でも多分……私が悪いんです。私、鈍くさいから」
「そんなことない。君は何も悪くないだろう」
「いえ、私が悪いんです。いっつもジメジメ陰気だから。……いつも虐められて」
俺は、その言葉を聞いて、何故か無性に癇に障った。
「どうしてそんな事を言うんだ」
つい、低い声になってしまう。この子が悪い訳ではないのに。
「だって……私が悪いから」
それでも目の前の小さな少女は、小さく丸まり自嘲する。
……俺は、何をむしゃくしゃしてるんだ。騎士団の真実に失望したから?
目の前の少女が、苦々しく気を腐らせているから?
違う。マテウスに負けた悔しさを、誰かに八つ当たりしようとしているだけではないのか?
俺は屑か。そんなのさっきの男達と何も変わらない。
「俺はレイフ。レイフ・ロセインだ。君の名前は?」
君は悪くない。ただ、それを伝えたい。
それを君に、知って欲しい。
「ソフィアです。ソフィア・ホールリン」
「ソフィア。これをあげる」
俺は胸のベストに忍ばせた野宿用のナイフをシースごと手渡す。
「次、また君を傷つけようとする奴が現れたら、これで突き刺せ」
「え!? そんなの出来ません……」
「ソフィア、やるんだ。そうでなければ、君はずっとこのままだ」
「でも、だって……やり返したら、もっと酷い事をされるかもしれない」
そして俯く。覗く表情は不安に曇る。
「怖いです……そんなの」
「ソフィア、聞いてくれ。戦わなければ、奪われるだけだ。奪われたくなければ、奪わなければならない」
一瞬、俺の脳裏に燃えるヨリス村が、夥しい数の死体と血の匂いがフラッシュバックする。吐き気を催すが、グッと堪え酸味を飲み込む。
「戦うことが、その姿勢が大切なんだ。そうすれば君は標的にはされない」
そして俺は彼女の頭に手を乗せる。
「それでも駄目なら、俺の名前を出せばいい。あの程度の奴らに俺は負けない。……俺が君を守るよ」
先程、同期の新人如きに敗れたばかりの俺は、必死にハリボテの見栄を張る。
そしてそっと頭を撫でる。どうか、君に戦う覚悟が宿りますように。そうして、意を決したように少女は口を開く。
「……うん。私、奪われるより、奪う人間になる。ナイフ、ありがとう」
ソフィアは初めて顔を綻ばせる。その可憐な笑顔を見て、ようやく俺は胸を撫で下ろす。
すると、壮年の女性の医師と看護師達が医務室へ戻ってくる。白衣は血塗れ。別の場所で手当てをしていたのだろう。
「まあ! 大変。大丈夫!?」
その柔らかな声を持つ医師はソフィアへ駆け寄る。プロが来たならもう安心だ。
「少し医務室で休んでいくといい。じゃあね」
「うん。レイフ君。またね」
俺達は互いに手を振る。清潔な衣類に着替えた看護師が、ソフィアの看病を始める。
もう大丈夫。俺はその足で騎士団庁舎を後にした。当然、懇親会は欠席だ。
……もっと、もっと強くなりたい。
自分が殺したいと思った者を、殺すためにも。
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