第17話
再び、応接間。アンナがどこからともなく戻ってきて、困ったように笑いながらお茶を出していった。小さなお茶菓子は花の形のクッキーで、リュシヴィエールは先ほどの死を思い出し手が付けられない。
リュシヴィエールは待ったが、エクトルが戻ってきたのは夕方も過ぎて夜になってからだった。
「エクトル! ああ、ごめんなさい。わたくしが急がせたせいね」
と叫んだのは、彼の上着がひどく汚れ、饐えたような悪臭があたりに漂うほどエクトルが疲れ切っていたからである。
「ん?」
と彼は、目を開いた後、ぱたぱたと自分をはたいた。薄く埃が立つ。
「ご、ごめん。臭い? 俺」
「え? ううん、そこまで……」
「あー、いや。身体を拭いてくる」
「え、ええ」
エクトルが肩を落として家の奥、つい昨日は少女と一緒に入っていった部屋へ向かうので、リュシヴィエールはすとんとソファに腰を落とした。
戸口のところでエクトルはふと足を止めて振り返り、
「あ、そうそう。姉上は嘘をつくときおでこにきゅって皺がよる。老けるからやめた方がいいよ」
「――エル!」
リュシヴィエールは笑いながら淑女にしては大きな声を出した。エクトルはさっさと逃げ去った。
この数年というもの――火傷を負い、喉と舌が傷ついて以来、はじめて出した大声だった。もうどこも傷まなかった。身体の内側も、外側も。
リュシヴィエールに傷はもうない。なんら恥じ入るところのない、貴族の令嬢である……年齢的には貴婦人と呼ばれるべきだが。
もう夜も更けた頃、エクトルは身綺麗にしてやってきて、
「ごめん、お腹空いたろう。先に何か食べよう。台所に人はいる?」
と聞きながら、なんだかもじもじしているのだった。
ごく普通の街の青年のような真っ白のシャツに、赤茶色の上着とズボン。ベルトは黒い革。たったそれだけの服装が銀色の髪を引き立たせ、今は海の底のように濃く深く落ち着いている目をいっそうこっくり見せる。均整の取れた身体にきっちりついた筋肉も、足音を立てない身のこなしも、エクトルは完璧に美しかった。
乙女ゲームの攻略対象、はもういなかった。そこにいたのは一人の青年だった。それ以上でも以下でもない。
リュシヴィエールはアンナに軽食を頼んだ。彼の目をこれ以上見ていられなかった。
アンナは軽い礼をして引き受け、ほどなくしてローテーブルの上に薄切りにしたパンとクラッカー、ジャム、バター、チーズ、リエット、ハムなどが並んだ。
人様の家に家族揃って挨拶に行く、あるいは人をもてなすといった新年祭特有の大騒ぎがない限り、一月のロンド王国の食事といえばこんなものである。使用人たちがいない貴族の家庭は平民はいつもこんなものを食べるのかと思い、平民は貴族の数種類のジャムやたっぷりのバターを思う。
もくもくと冷たい食事を胃に押し込む間、エクトルが子供の頃と同じくリエット好きであることをリュシヴィエールは発見する。肉を香草とともに原型がなくなるまで煮込んだ塩味の保存食だ。エクトルは二枚の素朴なクラッカーに匙いっぱいのリエットをサンドイッチして口いっぱいに頬張っている。リュシヴィエールの視線に気づいて、そのうち一口の大きさを半分にした。リュシヴィエールはリエットの小皿をエクトルの方へ押しやった。
エクトルは一口が大きい。頑丈そうに動く顎の下、喉仏が上下する。リュシヴィエールはぱりりとクランベリーのジャムを乗せたクラッカーを齧った。
アンナが何も聞いてこないのと同じように、リュシヴィエールもまた、エクトルが話すまで待つつもりだった。エクトルのことなら何一つとして否定する気はなかった。種明かしがどれほど拍子抜けする、残酷なものであろうとも。
そのうち大皿に盛られたパンとクラッカーはすべてなくなり、二人は腹も満ちて身体が温かくなった。アンナが食器を下げてしまうと、もう時間を延ばす理由はなかった。
「それで? わたくしに分かるように説明してくれるのね?」
エクトルは目を細めてリュシヴィエールの顔を見る。全身を見る。その視線にはちっともいやらしいところなどなく、彼の心からの喜びが伝わってくる。
「あんたを元のように治すのが俺の人生の目標だった」
と彼は言った。ソファに浅く腰掛けて背中を丸めて囁く、その悪い顔といったら。リュシヴィエールは頬が赤らまないように自制心を総動員しなければならなかった。……八つも年下のくせに。
「ミミイ・フローチェ。あのバカ女を殺そうとは前から決心していたし、王太子殿下も同じ思いをなされていた」
「なんですって? 聖女……様は、ロンド王国の誇り……」
「あの小娘が? 本気でつとまったと思うのか、姉上? 無理だよ。バカ女は殿下の婚約者の公爵令嬢をハメようとしたんだからな」
「まあ」
「もちろん周りの大人が気づいて対処したさ。あの女は最後までどうしてバレたのかわからないって顔をしていやがった。――バレないわけがないだろう? 王立学院は貴族の子弟子女に教育を与え、その身辺を守るためにあるのに。影に日向に、大人の目が光らないわけがない。教師も学院メイドもみんな学院長に統括された監視人だ」
キャラクターの感情ですべてが動く、少しおかしいところがあっても総スルーのご都合舞台、それが『ヒトキミ』の王立学院だった。だがここは現実である。確かに現実であの調子、まるでゲームのヒロインの言動で貴族の子供たちに近づいていったのかもしれないと思えば――
「あの子はさぞかし見ものだったのでしょうね。見たいような、見なくてすんでほっとしたような」
「見なくてよかったさ。姉上は目をくりぬいて洗いたくなったろう」
エクトルは肩をすくめた。リュシヴィエールは意地悪な笑い声をあげるのを控えた。ピンクの少女はもう死んでいる。死者を笑いものにすべきではない。
「高等部二年目の終わりだったか、バカ女が変なことを言い出した。自分はこの世界の主人公だと。王太子も誰も彼も自分に夢中になるんだとな。みんな無視するか笑っていたが、じきにおかしなことになった。――あの女が望む通りの一幕が、学院のところどころで発生するようになったんだ。とくに王太子殿下はお気の毒だった。本人の意思ではないと誰でもわかるような、歯の浮くようなことを言わされて……あとになって本気で落ち込んで、公爵令嬢に謝罪なさるんだ。令嬢も殿下を信じていらっしゃるから、その旨を言葉でお伝えになって。それでもぎくしゃくとしてしまう。見ていられなかったよ」
「それは、さぞお辛かったでしょう」
リュシヴィエールは想像する、彼女がにこにことエクトルに近づいて……。ああ。
「わたくしは自分の家の中で彼女を迎えて、あなたが何か企んでいるのは顔を見ればわかったから。調子を合わせるくらいなら何も聞かずともできたわ」
「助かったよ」
「でも次は事前に連絡してね」
「ごめん。手紙を盗み見られる可能性があったんだ」
エクトルはさらっとなんでもないことのように笑いながらそう話し、リュシヴィエールは天井を仰いだ。
「あの女、下級貴族の子弟をたらしこむのが上手くてね。勝手に自室に入られるわ教材の中まで見られるわ。とくに被害に遭われたのは公爵令嬢だったが。学院使用人の中にも協力する素振りを見せる者までいたんだ。今頃軒並みクビになっているだろうけれど」
「クビ? 学院長の統率の元にあるのだと、あなた今……」
「王太子殿下は王立学院の総改革を進めるおつもりだ」
エクトルは小首を傾げた。子供の頃よりずいぶん伸びた髪の毛がさらさらとまっすぐに肩を滑り落ちる。
リュシヴィエールは場所を移動することにした。テーブルを回ってエクトルの横に陣取り、その肩に手をかけて綺麗になった銀の髪をまとめる。簪で結わえていた自分の髪からピンを取り、邪魔になるだろう顔の横から留めてやる。
「ではまだしばらく学院にお残りになると?」
「ああ。研究機関は存続しているからね。百年来の、卒業後も研究をお続けになる王太子となられるだろうよ」
――王太子が王立学院を権力基盤にするということだ。掘り下げられなかった設定だが、ゲームにおいても王と王太子の関係はあまりよくなかった。王宮の勢力図は塗り替えられるかもしれない。
「殿下の元でよく活躍したようね。わたくしはおまえを誇りに思います」
「……まあね」
エクトルの耳がぶわりと赤らんだ。リュシヴィエールの髪の毛がくるくると落ちてくるのと反比例して、エクトルの髪はまとめ上げられていく。
「髪はきちんとまとめなさい。わたくしは身なりのきちんとした男が好きよ」
「わかった。覚えておく」
と生真面目に頷く。
「それで、あの子は王太子殿下を攻略できなかったのね。他の人たちのルートも選ばなかったのね」
「姉上……」
エクトルのは目を見開き、膝立ちのリュシヴィエールを振り仰いだ。髪の束がパラパラと落ちて、せっかくの努力がふいになる。
「まさか、姉上も?」
「ええ。わたくしもよ。覚えているの。この世界によく似た世界が舞台のお話を知っているわ。でも、それだけよ。この知識はわたくしの人生にあまり役に立たなかった。――そう。子供のわたくしがお母様恋しさにおまえを憎みだし、おまえを手ひどく扱うのだと知っていたこと以外は。わたくしはそうならないと誓った。そうしてそのようにしてきたつもりよ」
「姉上」
エクトルの大きな手がリュシヴィエールの腰を捕まえ、引き寄せる。強引さに痛みさえ走ったが、リュシヴィエールは黙ってそれに従った。エクトルの膝に半ば乗り上げる形で、間近に目と目が合わさる。
「わたくしはおまえのために生きられたかしら? それが心配なの」
「あんたは俺の全部だった、姉上。……それというのも、あんただけが俺の世界の中で唯一色づいていた人だったから」
「口説いているの?」
リュシヴィエールは笑ったが、エクトルの目は真剣そのものだった。よくわからないなりに――どうやら下手を打ったようだとリュシヴィエールは悟る。敵を睨むような青い目にうっすり銀のふちが浮かび、彼女を見据えて離さない。腕の力はだんだん強く、けれど思い直して弱くなる。初めて子犬に触る子供のような手つきで、エクトルの手が自分の掴んだあとを撫でた。
「俺はあんたのために魔法を学び、奇跡でも起こらない限りはあんたの傷跡が治ることはないと知った。そこであのバカ女が奇跡を起こした。死ぬはずだった馬を蘇生させた……」
「知っているわ。それもイベントよ」
「そうか。……そうだったのか」
「エクトル、わたくしはね。わたくしはあなたが原作の通りにあの子と愛し合うようになればいいと思っていたの。それが一番幸せだと。最初は自分が死にたくなくて、ゆりかごの中のおまえに会いにいったわ。でも――あんまりにもかわいくて。腰が抜けちゃったの。自分のため、なんてどこかに行ってしまった。おまえを手放したくなくなったの。おまえが心配ごとなど何一つないまっさらな幸せを手に入れることが、わたくしの幸せよ」
吐息が触れ合う距離にお互いがいた。知らない感情がゆらゆら立ち上って、少しでも加減を間違えばこのまま口づけ手しまいそうだった。そういえば――もう何年も、口づけをもらっていない。子供のエクトルにしか口づけられた記憶がない……寂しい、と突然背骨が主張した。唇が、下腹が、わななく錯覚がした。
リュシヴィエールは身体の反応を無視してエクトルの目を覗き込んだ。完璧だと思える整った美貌でも、彼の肌は年相応に少しばかり荒れていた。吹き出物になりかけの赤味、髭になりかけた銀色の産毛さえ発見して、なんだ――と思う。ただの男の子。これはただのエクトル。わたくしのエクトル。
ずっと見ないようにしていたことを、今更見つめなおすのは辛い作業だった。それでもはっきりさせておかなくては。
「おまえはお母様の不義の子だから。わたくしの実の弟、半分だけ血の繋がった弟だから。わたくしのことはお忘れなさい。どこかでもっといい、心から愛してくれる人が――」
「あの女が他の誰かではなく俺を選んだ理由、わかるかい?」
話の腰を折られ、リュシヴィエールは鼻白む。かなり大事なことを言いかけていたのに、なによ。
低く静かな優しい笑い声で、エクトルはくっくと笑った。すぐそばにあったリュシヴィエールの手を大きなかさついた手で捕まえて、彼自身の胸に導く。心臓はとくとくと早かった。
リュシヴィエールはそんなものにほだされない。一方で、拗ねて手を引こうとするのを彼は許さない。
エクトルはリュシヴィエールの胸に顔を埋めた。優しく彼女の背中を抑えつけ、逃げ出さないようにするのを忘れていないのだから策士である。
リュシヴィエールは諦めた。今までとある部分まで同じで、その先からは種類の違う諦めだった。彼女は弟であるはずの男の銀色の頭を両手で撫でてやった。
「その原作とやらには、続編があるんだ」
「え……?」
「そうか、あんたはそれを知らなかったんだな! ははっ……。うん。続きを話そう。聞いて、リュシー」
そうしてエクトルは語った。笑いのあまり青い目には涙が浮かんでいた。
高等部二年も終盤に近付いた頃、神殿から発表があり、ミミイ・フローチェは【癒しの歌の聖女】に認定された。
「あの舞い上がりっぷりと言ったら」
とまた、笑う。デコルテに息があたりくすぐったい。彼の息は清涼感のある香りがした。まさか、こっそりミントの葉っぱでも噛んだのかしら?――気にして?
王立学院内部だけの極秘情報は瞬く間に洩れ、国じゅうの公然の秘密となった。けれど、彼女が名誉ある地位に上り、権力まで手に入れれば国は破滅する。それは火を見るより明らかだった。
大人たちは何も言わない。静観の構えだった。
子供たちが立ち上がった。このままにしておくことはできなかった。若く考えなしの経験なしで、繁殖のために生み出されたような立場の子供でも、彼らには矜持があった。そして何よりエクトルのように暗殺術や諜報術を身に付けた、もろもろの事情ある生徒たちも。
公爵令嬢の指揮の元、王太子と仲間たちは動いた。吐き気をこらえつつ連携して、ピンクの少女に色々と情報を喋らせた。彼女は少し煽てていい目を見せれば驚くほど簡単にあらゆることを話した。
この国とこの世界の未来らしきもの、そして家々の恥であるとして押し込められていたはずの秘密が次々に集まった。どうしてこんな秘密を握ったのだとうろたえる者もいた。
「原作をよくやり込んだのね。設定資料集も暗記してたのかも」
「よくわからんが、姉上がそう言うんならそうなんだろう」
――それにしてもそれをぺらぺらと喋ってしまうなんて。リュシヴィエールはエクトルの銀の髪を彼の貝殻のような耳にかける。彼はぴくりと反応して、耳を赤くしながらリュシヴィエールの胸から起き上がった。居住まいを正す。話を続ける。
結束を悟られないように情報を統合し、協力を申し出てきた一般生徒たちの力も借りて、とうとうピンクの少女が話すべきことを残らず話し終えたと判断されたとき。
「あの女の命運は決まった。あれを【癒しの歌の聖女】なんかにはさせない。成人して正式に称号を得れば神殿の人間となり、手が出せなくなる。それまでに決着をつけると俺たちは決めた」
そこには何よりも、王太子の意向が絡んでいた。――来たる卒業パーティーで、彼の婚約者たる公爵令嬢は『断罪』されるのだという。罪状は、【癒しの歌の聖女】へのいじめ。そして階段から突き落とした殺人未遂。
「――馬鹿馬鹿しい」
「ああ、三文芝居みたいだった、あれは。殿下は婚約者殿を決してそんな馬鹿騒ぎに関わらせたくないとおっしゃった。公爵令嬢は泣いたよ」
「それはそうでしょうね。殿方にそんな情熱的に名誉を守っていただけるなんて、女冥利に尽きるというもの」
「……ふーん。で、秘密裏に処分する役割が、俺に回ってきたんだ。それなら、と俺は言ったんだ。じゃあその前に少し使わせてくれってね」
「わたくしの、ために?」
「そう、あんたの傷跡を治すために。王太子殿下のご意向は一切関係ない、たぶんあいつらはあんたの存在も知らなかったんじゃないかな? 俺も不用意に話さなかったから」
エクトルはリュシヴィエールの頬に触れ、すっかり形を取り戻した唇に手を這わせた。思わずくらりと流されそうになり、リュシヴィエールははっとしてその手を叩き落とす。――姉弟だから。
エクトルは恨みがましそうに手を振りながら続ける。
「面々は承諾してくれたよ。それで俺は責任持って奴を……あー、その。奴と恋仲、の真似をすることになった。俺の我儘で使わせてもらえることになったんだ。たらしこむくらいはしなけりゃ」
「そうして我が家へやってきたのね」
「そう。道中、あの女はこっそり教えてくれたよ。続編の裏設定ってやつをね。大した情報じゃなかったから忘れてたんだけどとご丁寧な前置きをして。――俺が本当は国王陛下とその愛妾の間の子で、本当なら王位を狙える立場なんだと」
「……え?」
リュシヴィエールの反応に気をよくしたらしい、エクトルは上機嫌に続けた。
「俺たちの母親だった女は王の愛妾の侍女だった、そうだろう? 彼女は愛妾から赤ん坊を託されて、どうしていいかわからず自分の子としてクロワ侯爵家に連れ戻ったんだ。ひそかによくある夢みたいな話――」
「お母様にそんなことできるはずないでしょう」
一刀両断。しかしその通りだった。リュシヴィエールの目は真剣である。エクトルは口をへの字に曲げた。
「やっぱりそう思うか?」
「夢物語よ。そんな――そんな。お母様にそんな忠義を貫き通す強さがおありであったなら、あんな死に方はなさらなかったわ」
あんな。――一度は我が子と呼んだ子供に殺されるような。
「でもなあ」
とぐったりした様子で眉を寄せる、そんな顔をして下を向いても顎の線はすっきりとしているのだから、美形はどこまでも美形だ。
「道中さんざんご機嫌を取って手に入れた情報だから、あまり疑いたくない」
「それは……ええ、わたくしも信じられるものなら信じたいわ」
と、思わず本音に近しい言葉が口から洩れた。もはや頬の傷口は塞がったというのに。
エクトルはかすかに眉を震わせたが、腕の中に抱きすくめたリュシヴィエールが気づいていない様子だから彼も言及しない。内心にじわじわと喜びが溢れるのを苦労して隠す。
「気持ちはわかるけれど。希望を信じすぎてもあとがつらいだけよ」
リュシヴィエールはため息をついた。
「これでわたくしが知らなかったことは全部?」
「ああ。姉上に言えることは言い切ったよ」
「王太子様がまだご在学されるのであれば、あなたも戻るのね? いつ?」
エクトルは片方の唇を吊り上げて笑った。彼の心は最初から決まっていたし、たとえそれを知っていてもリュシヴィエールに止めることはできなかっただろう。
エクトルはずっと、リュシヴィエールの意志を尊重する態度を取ってきた。彼女に優しくしてやりたいというのは彼の偽らざる本心だったが、まるで再び離れ離れになるのを当然に受け入れたような態度に、体温が上がったのもまた事実である。
リュシヴィエールはあら、と思った。エクトルが――怒っている? どうして。
それが最後の記憶である。
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