第5話 幼なじみ診断

「――おにいちゃんっ、朝からナトゥー美味しいですねっ」


 同居2日目。

 一緒の布団で寝起きする、という兄妹としてはいかがなモノかという状況を経ての新しい朝だが、とりあえず平穏に朝食の時間を迎えている。


 ラレアはよほど納豆がお気に召したようで、おかずの目玉焼きやウインナーと一緒に今朝も納豆を頬張っている。こりゃ放課後に追加の納豆を買ってきた方が良さげだな。


 それはそうと、である。


「なあラレア」

「はい?」

「お前の学校関係ってどうなってる?」


 ラレアがどこの高校にいつから通うのか、俺は知らない。

 親父が手続きを済ませてくれたらしいが、詳細を聞きそびれている。

 なのでラレア本人に聞いてみた。


「えっとですね、らいしゅーからおにいちゃんと同じハイスクールに通うことになっていますっ」

「あぁそうなのか……学年は1年生だよな?」

「ん? わたしは2にゃんせいですよっ?」

「え? 2年?」

「2にゃんですっ」

「待て待て……ラレアは今年で16だよな?」

「そうですけど、わたしは向こうで飛んでいたので!」


 ……飛んでいた?


「ひょっとして……飛び級のことか?」

「それな!」


 急に馴れ馴れしくなったな。


「そうなんですっ、わたしは飛び級なんですっ。なので1にゃんせいではなくて2にゃんせいとしてヘンリーすることになっていますっ」


 ヘンリー? 

 誰だ。

 ……編入のことだろうか?

 いちいち突っ込んでいたらキリがないので、とりあえず普通に会話を進めていこうと思う。


「なるほどな……じゃあ向こうで飛び級だったから、それがこっちでも反映されてラレアは2年生として編入するんだな?」

「それな!」


 ……気に入ってるらしいな、そのリアクション。


 にしても……そうか、飛び級。

 ラレアは頭が良いらしい。

 まぁ納得ではある。

 変な覚え方をしているところもあるとはいえ、これだけ日本語が話せるのは才能だろうしな。


「おにいちゃんと同じクラスに入れてもらえるそうなので楽しみですっ」


 同じクラスか。

 多分学校側が配慮してくれたんだろうな。


 ――ぴんぽーん。


 そんな折、インターホンが鳴ったことに気付く。


「ん? 誰か来たみたいですよ?」

「この時間に来るのは……1人しか思い当たらないな」


 まだ7時。

 朝の忙しい時間に俺のもとを訪れる暇人と言えば、幼なじみのあいつしか居ない。


「……やっぱお前か」

「ふん、やっぱりとは何よ。失礼しちゃうわね」


 玄関を開けた途端にぷりぷりと不機嫌な感じで三和土たたきに上がり込んできたのは、ウチの高校の黒セーラーを身に纏っている長い黒髪の美少女だった。

 

 幼なじみの見城みしろ眞水まみず

 文化祭のミスコンでグランプリを獲るくらいの美少女だが、俺はちっちゃい頃から見慣れすぎたせいなのか、イマイチその評価にピンと来ていない。

 可愛いのは可愛いけどな。

 

 そんな眞水はなぜか昔から毎朝俺のもとにやってくる。

 それこそ小学1年生の頃からずっとで、どんだけ悪天候でも絶対欠かさず朝の我が家にやってきては俺と一緒に登校するのが常だ。

 なんでそこまで付きまとっているのかはマジで謎。


 そんな幼なじみは険しい表情で居間の方を窺う感じで、


「ところで……来たのよね? 妹さん」

「ああ、来てるよ」

「だったら――挨拶させてもらえるかしら?」


 ゴゴゴゴ……、となぜか眞水の背後に禍々しいオーラが立ちこめて見える。


「どういう子かは知らないけれど、巧己が誰のモノなのか――ハッキリと分からせてあげないといけないわ」


 何目線の台詞なんだよそれは。


「とにかく、お邪魔するわよ」


 まるで自分んちであるかのように、眞水は慣れた足取りで居間に入り込んでいく。

 やれやれ……面倒なことにならないといいが。


「――わっ、ヤマトナデシコですっ!」


 直後、居間からラレアのそんな声が聞こえてきた。

 俺もすぐに居間に移動すると、早速2人が邂逅していた。

 驚きの表情を浮かべているのはラレアだけじゃなくて――


「ちょ、超絶美少女ね……」


 ラレアを目の当たりにした眞水も、目を見開いて驚いている。


「あ、あなたが噂の……義理の妹さんなのね?」

「そ、そう言うあなたは何者でござるか!? 拙者はラレアで候!」


 なぜかござる口調になっているラレアだった。

 眞水が大和撫子っぽい見た目だからそっちに引っ張られたのかもしれない。


「わ、私は見城眞水よ。眞水でいいわ」

「マミズ! あなたはおにいちゃんのなんですかっ? ガールフレンドですかっ?」

「は、え――ち、違うわよ! 巧己なんてこれっぽっちも好みじゃないけれど将来どうせ誰にも相手にされずに30歳DTの魔法使い野郎になりそうだからそうなる前に巧己の方から好きだって言ってくれればまぁ付き合ってやってもいいかなって思ってるくらいで特に意中の存在でもなんでもないんだから勘違いするんじゃないわよ!」

「おにいちゃんっ、これはまさかいにしえのツンデレというヤツでは!?」

 

 どこにデレ要素があるんだよ……。


「と、とにかく私はガールフレンドじゃないわっ。変な思い込みはやめなさいよねまったく……」


 ……意気揚々と攻め込んできた割には、眞水が押される形になってるな。


「ではマミズはおにいちゃんのなんなのですかっ?」

「まぁ、いわゆる幼なじみってヤツよ。分かる? 幼なじみ」

「おしゃにゃじゃな! 良いですよね、おしゃにゃじゃな!」


 言えてねえ!

 でも可愛いからヨシ!


「おいくつですかっ?」

「巧己と同い年よ」

「ということは――おねえちゃんですねっ!!」

「ぐはっ……!」


 あ。

 一人っ子ゆえに俺と同じように射貫かれたヤツが1人誕生したな……。


「お、おねえちゃん……おねえちゃんと言ったの……?」

「はいっ、おにいちゃんと同い年ということは、わたしからするとおねえちゃんということですよねっ!?」

「ぐはっ……!」


 再び射貫かれた眞水が、よろよろと身体をひるがえして俺のもとに歩み寄ってきた。

 そして――

 

「と、とんでもない激カワ生物が来訪したようね……」

 

 と親指を立てながら、満足そうにニヤニヤと笑っていた。


 ……よもや堅物の眞水すら一撃で虜にしてしまうとは。

 恐るべしだな、ラレアの破壊力。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る