第11話 出会い

「さて、次の行先はとくしまです」


「ここからはそう遠くないね」


 僕がそう言うと、彼女は満足げに頷いた。何に満足しているのだ、一体。


「それはそうと、今回は行くの3月になってもいい?」


「ああ、仕事の方が忙しい感じ?」


 そう言うと、彼女は困り眉のまま頷いた。

 僕と彼女は会社は同じだけど、部署が違う。だから、忙しい時期や内容も大幅に変わってくる。


「勇那くんは、3月でも大丈夫そ?」


「うん、ギリギリではあるけど」


 こっちはだいたい4月ぐらいから忙しくなってくる。3月内に行くのであれば、大丈夫な範囲だ。


「なら、決まりだね」



「暖かくなったね〜」


 3月、美海の方の繁忙期も終わり、ようやっとホエールウォッチングに行く日になった。

 3月と言っても、随分と遅くなってしまい、桜のつぼみが芽吹き始めている。


 けど、4月も目前だからか、だいぶ暖かくすごしやすい。このぐらいの気温が一番いいのだ。


「さて、乗りましょ〜」




 船の上では沈黙が続いている。気まずいからじゃない。僕が一方的な想いを寄せ、なにも話せないでいるからじゃない。

 『イルカも鯨』だと教えてくれた人が誰なのかを考えているのだ。


「……ねえ」


「あ、ごめん」


 咄嗟とっさに謝ると、美海は子どものように頬を大きくふくらませた。


「さっきからなんで喋ってくれないの?」


「ああ……いや、考え事を…………」


 そう言うと、彼女はさらに頬を大きくする。


「も〜」


 むくれる彼女に対し、もう一度謝った。


 それから数時間後、黒い影が見えた。と、同時に、彼女が話しかけてくる。


「ねえ」


「ん?」


 美海はまっすぐこちらを見据え、真剣で寂しげな眼差しで見つめてくる。

 そしてゆっくりと口を開ける。


「––––昔、勇那くんと会ったことがあるって言ったら、驚く?」


「…………え?」


 会ったことがある? 美海と? そんな記憶はない。僕だったら忘れている可能性もあると思うが、やはりにわかには信じ難い。


「……いつ?」

 

「中一の時。勇那くん、入院してきたことあったでしょ、脚の骨折で」


「あ……」


 思い出した。当時、階段の踊り場で騒いでいた男子たちが、たまたま階段を降りていた僕にぶつかり、脚の骨を折ったことがある。


 幸いにもそれだけで済み、大事には至らなかったけど、入院は必要だと言われたので、入院することになった。


 そこは相部屋で、もう一人女の子がいたんだ。暗くて青い、ボブぐらいの髪をした––––美海が。



 初めて入った病室は、思っていたよりも広かった。いくつかベッドが並んでいる。僕は3個並んでいるうちの真ん中を指定された。


「はじめまして! キミのお名前は?」


 僕の隣のベッド、一番窓際にいる女の子が話しかけてきた。

 子どもっぽくて元気そうな子だけど、目の奥には輝きなんてものはなかった。


「……初めまして。安海勇那です」


「いくつ?」


「12です。今年の12月に13歳になります」


 僕がそう言うと、彼女は「じゃあ同い年だ」と、嬉しそうに笑っていた。

 そんなものお構い無しに反対の方向へ顔を向けると、彼女は心底驚いたような顔をした。


「ちょっと、私の名前は聞いてくれないの〜?」


 なんなんだ、初対面でいきなり馴れ馴れしい。無視していると、ボブの少女は自分のベッドの上から僕のことをずっと呼んでくる。


「せっかく久しぶりに同年代の子が来てくれたのに……」


 その言葉に少し反応した。そんなことを言われてしまえば、良心が痛むではないか。

 少しだけ少女の方を見ると、バチッと目が合ってしまった。目が合った彼女の顔は、みるみる晴れやかになっていく。


 しまったと思ったけど、もうこうなってしまった以上は引き返すことなどできない。


「はあ……、君の名前は?」


「夕凪美海だよ! ねえ、知ってる?」


「なんです」


「イルカって鯨なんだよ!」


 いきなりのことに、僕は思わず声を出してしまった。


 ––––なんで急にイルカと鯨の話が出てくるんだ。意味がわからない。


 困惑している僕をおいて、彼女はとうの勢いで話してくる。


「あのねあのね、明確な基準はないんだけど、イルカと鯨は大体の大きさで分けられるんだって!」


「そうですか。じゃあ僕は––––」


「あ、あとね!」


 まだ話すのか!?

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