第10話 イルカも鯨

「…………」


 朝、僕は軽く絶望していた。そう、寝落ちたのだ。

 美海の話に付き合っていたら、どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。彼女はまだ寝ていて、赤ん坊のように丸まっている。


 お互いにこんな体勢で寝ているから、多分変なことはしていない。多分。


「ん〜……」


 美海が起きたらしく、モゾモゾと動き出した。


「って、あれ。寝ちゃった?」


「うん、バッチリ……」


 僕の気の落ちた顔を見てか、彼女は笑いだした。


 この人には危機感というものはないのだろうか。しかし、目覚ましも設定せずに寝てしまったけど、今は何時だろうか。

 チェックアウトの時間もあるし、寝坊してたら恐ろしいんだけど。


 そう思いながら時計を見ると、指していたのは9時。ちなみに、チェックアウトの時間は10時だ。


「ちょっ、あと1時間しかないんだけど!?」


「えっ、うっそ! 急がないとじゃん! 勇那くん、早く部屋戻って〜!」


「言われなくとも……!」


 そう言って僕はスマホを持って、周りの人の迷惑にならない程度に、自分の部屋へ戻った。



「はあ……間に合ってよかった……」


「あっはは! ほんとにね〜」


 誰のせいでこうなったんだと思いながら、彼女の方を軽く睨む。美海はその視線に気づくなり、手を合わせてごめんなさいのポーズを取った。


「まったく……」


「へへ。にしても、もう帰りか〜、早かったな〜」


「それはそうだね。案外あっという間だった」


 船を待っている間、僕たちは数日の旅の思い出を語り合った。ほとんど彼女に振り回された旅ではあったけど、やっぱり楽しかった。


 そうしているうちに、帰りのフェリーがやってきた。ここからまた竹芝桟橋に戻って、飛行機に乗って帰る。時間はかかるけど、それもまた一興。




 フェリーに乗ったあと、美海が朝の海が見たいと言ったので、僕たちは外に出た。


「––––ねえ、勇那くん」


「ん?」


 彼女の方を向くけど、なかなか喋らない。何かを考えているかのように、口をもごもごとさせている。


「あの……その、勇那くんって、あんまり物事に興味ない人じゃん」


「まあ、そうかも」


「だから……えっとね……、昔のこととか覚えてたりするのかな〜って」


「年齢にもよるけど、そこまで覚えてない……かな。あまりにも印象に残ることはさすがに覚えてる、と信じてる––––」


『ねえ、知ってる? イルカって鯨なんだよ!』


 ふと思い出した、誰かの言葉。


「勇那くん? どうしたの、大丈夫?」


「え、ああ、うん。大丈夫」


 ––––あの言葉は、一体誰が言ったんだったかな。



「あけおめ〜! 勇那」


 一足先に席についていると、あとから来た優希が大きな声で入ってきた。


「声が大きい……」


「ごめんって」

 

 そう言って彼は大きく笑った。


「そういやお前、この前恋愛相談してきたろ」


 恋愛相談……って言っていいのかはわからないが、したのは事実。


 大晦日の1日前、結局あの後優希に連絡した。あの感情がなんなのか、どうするべきなのかをはっきりさせるために。


「それで、勇那に1個ちゃんと言ってないことがあるからさ、昼休み話そうぜ」

 

「? ああ……」


 一体なんの事だかわからなかったが、とりあえず昼休みは誰の誘いも乗らないことにしよう。




「それで? 何を話したいんだ?」


「ああ。俺、だいぶ前に”鯨の話してる”って言ったじゃん?」


 2ヶ月ほど前の話だろう。あの時は気になりはしていたけど、今ではすっかり忘れていた。


「言ったな」


「詳しく言うとさ、勇那が『誰かから鯨の話を聞いたことがある。けど誰かわからない』みたいなことをちょこちょこ話してきてたんだよ」


 それを聞いて驚いた。そんな記憶が一切なかったからだ。言った記憶も、誰かから聞いた記憶も、全然ない。


「……お前、まじか」


 これにはさすがの優希も引いている。というか、自分自身もだいぶ引いている。ここまで興味無いことがあるだろうか。


「まあ、俺が話したかったのはそれだけ。あ、でもあと1個」


「なに?」


「自分の気持ち、はやいとこ理解しとけよ」


「…………わかってるよ」


 この気持ちの招待は多分わかっている。これは正真正銘の恋であろう。何に惹かれたのか、なぜ彼女でないといけなかったのかは、まったくわからないけど。


 しかし、今気にするべきはそこじゃない。この先、彼女とどうなっていきたいかを考えなければならない。


「はあ、こんな面倒くさい感情、持つんじゃなかったかな……」

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