第5話 君だから

 そこでコーヒーを頼んだ。ちなみに彼女はミルクティー。


「えと、それで……その、私を待っていたっていうのは……?」

 

 飲み物を待っている間、彼女がソワソワとしながら聞いてきた。

 話さないといけない。いけないけれども、自分の身勝手さを考えたら、思うように言いたいことが出てこない。


 その間も気まずい沈黙は流れ続ける。言おうと思ったところで、先程頼んだコーヒーとミルクティーがやってきた。

 店員にお礼を言うと、また黙ってしまった。


 さっきの決心はどこいったんだよ、僕––––!


 弱虫な自分に飽き飽きしながらも、やはり言わないことには何も始まらない。僕は意を決して彼女に言いたいことを言う。


「……あの、この間は急に大声を出してしまってすみません」


 僕の謝罪に対し、彼女は大慌てで否定の言葉を発した。


「え、あ、いや……あれは私が悪かったわけで…………!」


「それで……その、非常に自分勝手なのはわかっているのですが––––」

 

「?」


「もしあなたがよろしいのであれば、ホエールウォッチングに行かせてもらえないかと…………」


 言った、言うだけ言えた……! 


 けれど、彼女の顔を見ることは出来なかった。僕はずっと下を向いて、手をグッと握りしめる。緊張で手汗が滲んでいるのがわかった。

 コーヒーに映る僕の顔は、非常に情けなかった。こんなにも酷い顔をしているのかと落胆したのと同時に、こんな顔は彼女に見せられないとも思った。


「……あんな大きな声で行かないって言っておいて?」


「…………」


 耳が痛い。何も言い返すことができなかった。というかそもそも、僕に言い返す資格などこれっぽっちもない。あっていいはずがない。


「いいよ」


「えっ」


 思わぬ言葉に思わず顔を上げる。怒っているかと思っていた彼女の顔は、初めて会った時のようににこやかだった。

 しかし、本当に思ってもみぬ言葉だったので、僕は咄嗟とっさに彼女に聞いてしまった。


「いいんですか……!?」


「うん、相手が勇那くんだから、いいよ」


 彼女は両手で頬杖をついて優しく微笑みながら言った。その瞳は、どんな大きな身体も受け入れる広大な海のような優しさがこもっていた。


「ありがとう、ございます……」


 まさか許可してくれるとは思っていなかったから、呆然とした。それと同時に嬉しさも込み上げてくる。絶対に許されないと思っていたことが許されて、嬉しかった。


「じゃ、来月の予定空けといてね♡」


「え、来月からなんですか?」


 数週間後かと思っていたけれど、どうやら違うらしい。


「うん、ザトウクジラが日本近海にやって来るのは12月から4月の間だからね。今は11月だから、彼らはやって来ないってわけ」


 常にいる訳ではないんだな。もう少し詳しく聞いてみると、ザトウクジラに限らず、鯨という生き物は『回遊』という習性があるらしい。

 『回遊』というのは、魚などが群れを作り、季節に合わせて大移動をすること。


 鯨は夏にもっと北の方でエサを食べ、冬になると交尾や子育てのために日本近海やその周辺までやってくるそうだ。


 その後は二人で予約をして解散した。


 ……本当に行くんだなあ。船なんて、乗れるだろうか。酔い止め飲んでくか。

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