第4話 行きたかった?

「––––なるほどなるほど。で、なぜか負い目を感じていると」


「そういうこと」


 僕が肯定の意を示すと、優希はうーんと悩み始める。そして、なにかひらめいたかのように指をパチンと鳴らした。


「勇那も行きたかったんじゃね!?」


「はあ?」


 随分と的外れなことを言ってきたものだ。ホエールウォッチングなんて興味もない。興味のないものに手を出すほど、暇な時間は過ごしてない。なのにどうしてそんな答えが出てきたんだ……。


「だって、お前割と話してるぞ?」


「なにを」


「鯨の話」


「……はっ?」


 どういうことだ。僕が? 鯨の話を? そんなものした記憶が一切ない。というか、自分から優希に話題を出したことも記憶にない。


「デタラメじゃ……」

 

「失敬だな、デタラメじゃねえよ。気づいてなかったの? やばくね?」


 デタラメじゃないのか? 本当に……?


「あー、正確に言うと違うけど……ま、いいだろ! 変わんねえ変わんねえ」


「はあ?」


 相も変わらずこいつは随分と適当なやつだな。と、そんなことを考えているけれども、優希は僕の質問に答えていないことを思い出した。


「僕の質問に答えてないぞ」


「え? なんだっけ?」


 優希はヘラヘラしながら先程のことを思い返している。が、一向にそれが出てくる気配はない。


「はあ。なんで夕凪さんを知ってるかって質問だよ」


「あー!」


 彼はしっかりと思い出したらしく、左手に右手をポンッと置いた。


「この前その人に勇那のこと聞かれたんだよ。『さっきの人と知り合いですか!?』みたいな感じでさ」


 優希が頷くと、名前を確認してきたらしく、それも肯定したらしい。あの日僕の帰り道に現れたのは優希に確認したからなのだろう。

 しかし、1つ気になるとがある。


「確認ってことは……元々名前は知っていた…………?」

 

 そんなことを考えていると、優希が僕の背中をバシンと叩いてきた。

 背中を押さえつつ優希の方を睨むと、彼は歯を見せて笑った。


「んな事考えててもしょうがねえって。さ、休憩終わんねえと。上司に怒られちまうぞ〜」


 そう言って彼はスタスタと仕事場に戻って行った。僕もそれに続いて歩き始める。


 ……しかし、あの髪が揺れる感じ、どこかで見たことあるような気がするんだよなあ。まあ、いいか。

 とりあえず、仕事が終わったら彼女の元へ行かないと。それまでに、本当に行きたいのか、気持ちの整理もしておかないといけないし。



 仕事終わり、ある程度気持ちの整理ができた気がする。「行かない」と彼女に怒鳴りつけてしまったけど、やっぱりちょっと行ってみたい気もする。

 しかし……やはり自分勝手だろう。あんなに言ってしまったというのに、急にやっぱり行きたいだなんて。


 優希にも言ってみると、「言うだけ言ってこい!」と大きな声で言われた。もちろん、いつものように笑いながら。


 会社の自動ドア付近で彼女が出てくるのを待つ。何分、何十分と経っても彼女が出てくる気配はない。帰ってしまったのだろうか。

 現在は11月。冬ほどでは無いとはいえ、夜はやはり寒い。念の為マフラーを持ってきておいて良かった。


 そこからまた十数分スマホを見ながら待っていると、一人の女性が出てきた。


「え、なんでいるの!?」


 顔を見上げると、目の前で夕凪さんが驚いた表情で突っ立っていた。


「あなたを待ってました」


「わ、私を? あ、とりあえず、そこのカフェ行こ! そんなんじゃ風邪ひいちゃう」


 断ったけれども、自分が思っていたよりも顔が赤かったらしく、半ば強引に近場のカフェに連れて行かれた。

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