第21話 飾り(11/21の分)

 怨霊でも幽霊でも都市伝説でもないならば、自分は一体何者なのだろう。

 夜道を走りながら、余計にわからなくなった自分の正体が香坂は頭を悩ませる。

 全てが解決するはずないと思っていたが、何の手掛かりにも繋がらないとなればそれはそれで気落ちするものだ。

 ぼんやりと流れる景色を眺めていると、見たことのある看板が目に飛び込んできた。

「ヒロコくん、あれだよ。俺が最後に天沢くんと会ったのは」

 なんて事のない、チェーンの大衆居酒屋だった。夜の暗さを振り払うような明るい輝きは、誘蛾灯のように客を誘い込む。自分の足が自然と向かったのも、どうにか気分だけでも明るくしたかったのかもなとしみじみ思い返す。

 走っていた自転車が、一度停まってから来た道を引き返し始める。

「どうかしたかい? 何か落とした?」

「違うよ、現場検証。もしかしたら、天沢って人もいるかも知れないでしょ?」

 言われてみて、どうしてそんな事も気づかなかったのか自分で驚く。もしかしたら自分の最後を見ていたかも知れない有力人物の存在を、すっかり忘れてしまっていた。

 少し離れた場所にある駐車場に自転車を停めて、ヒロコは居酒屋に入っていく。同時に、賑わいと景気の良い挨拶が飛び交う。店内の喧騒で聞こえにくいが、ヒロコが店員に話しかけている声が微かに聞こえる。壊された鍵にも、カゴに入れられたフルフェイスのヘルメットにも気付かないでくれと、香坂は固唾を呑んで単なる飾りに徹する。

 もし目が合ったら、メデューサのように相手を固められたらいいのに。

 ヒロコが見せてくれた勇者の盾の飾りとして括り付けられた首の絵画を思いながら、香坂はヘルメットの中で息を潜める。

 しばらくして、ヒロコは店から出て来てスタンドを下ろす。

 どうだった、と小声で聞けば、やや愉快そうな声が返ってくる。

「いなかったよ。でも、良く来るみたい。店員さんも顔見知りで、連絡を取りたいっておじさんの名前と私の連絡先を伝えておいたから」

「またそんな、危険なことを……」

 心配で思わず小言が出る香坂に、ヒロコは自転車を漕ぎながら笑う。

「なに? おじさん、お父さんみたいじゃん」

「そんなつもりは無いけどさぁ、若い女性がほいほい連絡先を渡すのは危ないだろう?」

「頭が硬いなぁ、おじさんは」

 くすくすと可笑しそうに笑うヒロコは、ペダルを踏み込み漕ぐスピードを速める。

「なんか、良いね。夜のお散歩みたいで」

「ちょっと!! 危ないって!!」

「大丈夫、大丈夫!!」

 揺れるカゴの中でハラハラしっぱなしの香坂の耳には、ヒロコの微かな鼻歌が帰路の間ずっと流れていた。

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