第20話 たぷたぷ(11/20の分)

「待って、おじさん!! 今どこ!?」

「わからない!! とにかく、どんどん暗い方へ行ってる!!」

 息を切らして走るヒロコの声が聞こえる。自転車のライトがか細く道を照らすが、闇はどんどん深くなる。店から離れ、街灯の少ない路地の方を選んでやけにゆっくりと進んでいるようだ。緩い速度でがたがたと揺らされながら、カゴから転がり出ては堪らないと香坂は大きな振動が来るたびに泣きそうになる。

 本当に、これが自分の胴体なのか?

 前を向かせたままのヘルメットからは、漕いでいる相手の姿は確認できない。一体どこへ向かってるのかも知らずに、香坂はされるがままになっていた。

 「いたっ、光る影!!」

 ヒロコの声と共に、背後から小さく足音が近づいて来る。

 自転車の動きが更に緩やかになり、静かに停止する。人が追いかけて来ているのに、どうして待つ様な真似を……。

 そこで、香坂は気付く。持ち主が追えるように、ゆっくりと走っていたのだ。自転車は人目のつかない暗がりへと誘い込むための、謂わば囮だったのだ。

「来ちゃダメだ、ヒロコくんっ!!」

 咄嗟に大声を出していた。静かな暗闇に、香坂の声が響き渡る。

 やってしまった。我に返った時には既に遅く、自転車のスタンドが立てられ人が横に立つ。ヘルメットごと香坂がカゴから持ち上げられ、視線がぐるりと回る。

 相手と目が合った。なんて事はない。黒いサングラスとニット帽とマスクをし、蛍光反射のウィンドブレーカーが光を跳ね返し発光しているように見えるだけだ。

 サングラスの奥の目が、急に大きく見開かれたのが微かにわかった。今しかない、香坂は咄嗟に口を開く。

「うわああああっ!!」

 絶叫するヘルメットの中の生首に、相手はその場にへなへなとへたり込んだ。


「大声出すなら先に言ってよ。鼓膜が破れるかと思った」

「ごめん……」

 怒りながらも気絶した男を彼の脱がせたウィンドブレーカーで縛り上げ、誰かに気づかれる前にヒロコはその場を後にする。

「通報しなくてよかったの? 自転車の鍵も壊されたのに」

「おじさんのこと聞かれたら、説明できないでしょ?」

 当たり前のように答えるヒロコに、またもや香坂はごめんと返すしかなかった。

「白い蛍光反射の服と、黒く頭を覆うことで顔の印象を覚えられないようにしてたんだろうね」

 おじさんの身体じゃなくて残念だったけど、と何でもないことのようにヒロコは言う。

 暗い所へ誘い込んで、金目のものを奪うつもりだったのだろうか。自分のせいでヒロコが危険な目に遭いそうになったことに、責任を感じてしまう。

「ちょっとさ、嬉しかったんだよ? おじさんが、私を助けようとしてくれたの」

 イヤホンを通して、嬉しそうな呟きが届く。思いもよらない発言に香坂が驚いてもう一度聞き返すも、ヒロコは惚けるばかりで有耶無耶になってしまった。

「事件の解決にさ、祝杯でもあげちゃう? おじさんにビール注いで、たぷたぷにしようか」

「やめてくれよ、窒息しちゃうから」

 生首の謎は振り出しに戻ってしまったが、ヘルメット越しの夜の街はやけに輝いて見えた。

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