第五十四話 決別

 一方、その様子を見ていたノイズは思考を巡らせた後、口を開く。


「……レイ。そいつはお前に任せる」


 ここは自分の出る幕ではない。

 そう思ったノイズはレイにそう言うと、バラックたちの方へ加勢に向かう。


「「……生きてたんだね」」


 まるで時が止まったかのような静寂の後、2人は同時にそう言った。

 そして、リックがレイに問いかける。


「レイ。生きててくれてよかった。だけど……何故、盗賊なんかに堕ちたんだ!」


 リックは声を震わせると、叫ぶ。

 そんなリックの言葉に、レイはピクリと反応すると口を開いた。


「生きるには、これしかなかった。僕を庇い、死んだお父さんの為に、僕は何としてでも生きなくてはいけないんだ!」


 レイは狂気に染まった瞳で、叫び返す。

 そんなレイを見て、リックはぞくりと背筋が凍ったような感覚に陥り、冷や汗で額をびっしょりと濡らす。


(なんだ今のは……ヤバイ。ヤバすぎる。レイ。お前はどんな生き方をしたらそうなったんだ……)


 レイがどんな目に遭ったのか、リックには分からない。だが、想像を絶する経験をしたということだけは、レイの狂気に染まった瞳を見ればよく分かる。


「……分かった。相当酷い目に遭ったんだな……だが、これは間違ってるだろ! お前のせいで、どれほどの命が奪われたと思ってる!」


 リックは怒りに任せてそう叫ぶ。リックは否定したいのだ。唯一の友達であるレイが、悪の道に堕ちているということを。

 だが――


「だから何? 僕は何を犠牲にしてでも生きると決めた。それだけだよ」


 案の定、レイは事も無げにそう言う。

 そしてその言葉で、リックの心は決まった。


「そうかい。なら、目を覚ましてやるよ。お代は――お前の命だ!」


 直後、リックは杖を構えると、完全無詠唱で風槍ウインドランスを3本放つ。だが、それはレイが会話の最中に準備しておいた4本の光槍ホーリーランスで防がれ、逆に1本がリックに襲い掛かる。


「ちっ 風圧壁ウインドウォール!」


 リックは後ろへ下がりながら、風圧壁ウインドウォールを展開して光槍ホーリーランスを防ぐと、すぐさま反撃に出る。


「魔力よ。地獄の炎となれ。獄炎球ヘルフレアボール!」


 超高温の炎の球がレイに向かって放たれる。だが、レイはその身体能力でそれをかわすと、そのまま接近を続ける。


「ちっ 厄介な。なら――」


 近くに他の冒険者がいる手前、あまり強力な手札は見せたくなかった。だが、そんなこと呑気に言ってる場合じゃない。

 そう思ったリックは杖を構える。すると――


「な!?」


 なんと、リックの前から次々と風槍ウインドランスが出現し、レイを襲う。

 先ほどよりも威力は僅かに落ちる為、10本ぐらいなら余裕で対処できる。

 だが、流石にこれは無理だ。


「くっ どれだけ……!」


 リックから際限なく風槍ウインドランスが飛んできて、レイを襲う。数は――もう数えきれない。


「ぐっ くっ」


 体のあちこちに被弾していく。このまま攻められ続けるのはマズい。どこかで攻勢に出ないと。

 そう頭では分かっているものの、多方向から延々と攻められ続けているせいで、身動きすら取れない。

 数の暴力とは、ここまで恐ろしいものなのか……!


「くっ……魔力よ! 大結界グレートバリア!」


 何とか防戦の最中に練った魔力で即座に大結界グレートバリアを展開することで、延々と飛来する風槍ウインドランスを防ぐ。だが、これもあまり持ちそうにない。魔力を込め続けて耐久を維持する速度よりも、削る速度の方が上だからだ。


(くっ 打てる手は流石に無いかな……逃げることも出来なさそうだし……)


 レイは必死に思考を巡らせるが、有効な打開手段は思いつかない。勝つことを諦めてこの場から逃げることも無理そうだ。

 この状況で背を向けようものなら、それこそ終わりだ。


「ちっ やるしかないか……」


 レイは覚悟を決める。

 これが失敗すれば、もうあの魔法を使うしかないだろう。

 直後――


 パリン


 大結界グレートバリアが破壊された。そして、数多の風槍ウインドランスがレイを襲う。


「はあっ!」


 そんな状況で、レイが取った行動は、リックに向かって全力で走る……だ。

 大結界グレートバリアのお陰で風槍ウインドランスとの距離が離れた今しか、動く隙は無いのだ。


 ヒュン ヒュン ヒュン


 レイの進行方向を塞ぐように次々と風槍ウインドランスが飛んでくる――が、レイは結界バリアで威力を弱めるだけに留め、甘んじてそれを受ける。

 限界突破オーバーロードは枷を外して身体能力を強化する魔法、故に肉体強度が上がることは無い。つまり、生身と同義だ。

 そんな状態で風槍ウインドランスを受ければ、当然肉は抉れ、血は吹き出して激痛が走る――はずだが、そこは身代わりの魔道具を全て消費することで乗り切る。痛みは当然あるが全然問題ない。この程度、あの時と比べれば優しく撫でられているようなものだ。


「マジかよっ」


 さしものリックも動揺し、声を上げる。

 それにより、風槍ウインドランスの射出が一瞬止まった。

 レイはその一瞬に希望を見出すと、更に速度を上げてリックに接近する。


「ぐっ はああ!!!」


 我に返ったリックはすぐさま風槍ウインドランスを無数に放つ――が、焦ったことで狙いが甘くなってしまい、容易く避けられてしまう。

 これであと2メートル。


(殺れる――)


 レイはそう確信した。

 だが、レイは知らない。リックがまだ、全力では無いということに――

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