第五十二話 戦いの始まり

 嘗ての友を殺してから数日後の夜。

 レイは数人の仲間と共に外で見張りをしていた。

 幹部であるレイが何故見張りを?と他の人が見たら思うだろうが、これは”黒の支配者”において、そういった部分の分け隔てが一切ないことが関係している。何せ頭であるルイでさえも、ちゃんと順番が回ってきたら見張りをしているのだ。

 このことが”黒の支配者”におけるルイの信頼に繋がり、統率力も高くなっているのだろう。


「ん~……はっ はっ」


 レイは完全無詠唱で光球ライトボールを3つ作ると、それをお手玉のように掌の上で弄ぶ。一見ただの遊びのように見えるが、これもれっきとした鍛錬で、こうすることで発動した魔法を操る能力、魔法操作能力と魔力そのものを操る能力、魔力操作能力の2つの成長が見込まれるのだ。

 そして、その様子を周りにいる仲間たちは「相変わらずすげぇな~」とでも言いたげな目で見ていた。


「……む?」


 ふと、レイの手が止まり、光球ライトボールがふっと消滅した。

 突然固まったレイを見て、他の人たちは心配そうに声をかける。


「なあ。どうし――」


 だが、レイが口の前に人差し指を当て、静かにしろと伝えたことで、出ていた言葉を直ぐに飲み込む。

 一方レイは、真剣な表情で気配を探っていた。


(何か……嫌な感じだな。殺意のようなものを感じる)


 凄まじいほどの生への渇望を抱くレイが最も恐れるものは――死。

 故に、殺気に関して言えば、”黒の支配者”の誰よりも敏感だった。


「……人の殺気だ」


 レイがぼそりと呟いた言葉で、その言葉を聞いた彼らに緊張が走る。

 するとレイは立ち上がり、片手剣を抜いた。そして、仲間に向き直ると口を開く。


「皆に知らせて。魔力よ――」


 そして、詠唱を唱え始める。

 一方彼らは一斉にレイの言葉に頷くと、1人は洞窟の中へ行き、残りは外で寝ている仲間を起こしにかかる。

 レイはそんな彼らを一瞥すると、詠唱を唱えながら走り始める。


 ガサガサガサ


 すると、森から草木をかき分ける音が聞こえて来た。気配からして、まだ僕の姿が見える距離にはいない。

 そう直感で判断したレイは焦らず詠唱を続ける。

 そして――


 バキバキバキ


「――光輪月の舞踊ムーン・ワルツ


 敵が拠点の周囲に張り巡らしてある罠を強引に破壊して突破したと判断した瞬間、レイは無数の月形の光を上空に出現させる。


「な!? まずい、もう準備されてた!」


「何だと!? 魔力よ。地獄の炎で――」


 すると、その光を見た襲撃者から焦ったような悲鳴と共に、魔法の詠唱が聞こえて来た。だが、それは悪手。

 それにより、より正確な位置と数を突き止めたレイがそこに向かって無数の月形の光を放つ。


 ド――


 そして、地面を抉るような音が響き渡る――が。


「……死者1人か」


 レイはボソリと呟く。

 そんなレイの前方では、地獄の業火のような炎の壁――獄炎壁ヘルフレアウォールが展開されていた。

 聞こえて来た言葉からして、恐らくこの短時間で発動させたのだろう。


 ザッザッ


 すると、足音と共に3人の人影が見えて来た。後ろの炎で、表情まではっきりと見える。

 1人は大柄な男で、手に鉄製のナックルのようなものをはめていた。そして、2人は剣士――だが、1人は両手で剣を構えるガタイのいい男、そしてもう1人は片手剣を1本ずつ両手に持つ長身痩躯の男だ。


「……強い」


 レイは思わず冷や汗をかく。

 流石にこの人を同時に3人を同時に相手するのは手に余る。

 そう判断したレイは仲間が来るまでの時間稼ぎをすることにした。逃げることも視野に入れたが、流石にこの状況で逃げようものなら追い付かれた後、後ろから斬られて終わりだろう。


「さて、君たちは何者だ――ん?」


 レイは剣を構えるガタイのいい男から発せられる尋常じゃない程の殺意を感じ、その男に視線を向ける。

 すると、その男は殺気を出しながらも、まるでそれを抑えるかのように声を震わせながら口を開いた。


「お前に1つ聞きたい。お前は数日前、街道で3人の若い冒険者を殺したな?」


 どこかで聞いたことのある声音に違和感を持ちつつも、レイはその質問に答える。


「ああ。エリー、バルト、ハリスだな。かつて仲間だったから、よく覚えているよ」


 すると、その男は「ん?」と眉を顰めると、月明かりで照らされたレイの顔を冷静に見つめる。

 そして、まるで信じられない物ものでも見たかのような顔になった。

 そんな男――ザクに、両側に立つ男――グルドンとルーカスは声を上げる。


「落ち着け! ザク!」


「そうだ! 何があった!」


「あ、ああ。すまない」


 2人の言葉に、ザクは小さくなったように謝罪の言葉を口にすると、レイに向き直る。


「何故、何故なんだ。レイ……」


「……ああ、ザクさんか。怒っている顔だったから分からなかったけど、今分かった。久しぶり」


 絞り出すようにそう問いかけたザクに、レイは思い出したかのように声を上げると、平然とそう言う。


「ああ……それで、お前が3人を殺したのか?」


 信じたくないとでも言いたげな声音で、ザクはレイに問いかける。だが、レイはまたしても平然と「そうだよ」と答えるだけだった。

 そんなレイに、ザクは再び何故――と問いかけようとするが、直ぐに口を噤む。レイの背後から、かなりの速度で走る自分以上の強者がいたからだ。


「レイ! 間に合ったか」


 バラックはレイの横に立つと、剣を抜き、構える。


「よく時間を稼いだ」


 ノイズは冷淡な声でそう言うと、レイの隣に立った。そして、2本の片手剣を構える。

 一方レイは、ノイズが来たことに目を見開いていた。バラックが前線に来るのはよくあることだが、ノイズは基本後方に立って、黒の支配者カースロードを発動させていて身動きの取れないルイの護衛をしているのだ。

 すると、そんなレイの疑問に応えるようにノイズは口を開いた。


「そんな余裕はないと頭はこの状況を見て言いましたが……どうやらその通りでしたね」


 ノイズの言葉にレイはなるほどと頷く。確かにこの状況で、Aランク冒険者に匹敵するノイズを遊ばせておくのは戦略的にマズいだろう。

 すると――


「おらああ!!」


「はああっ!」


 森の中から次々と襲撃者が跳び出してきた。しかも――皆強い。


「くっ こりゃマズいな。俺はあっちの加勢に行く。こいつらは2人で倒して直ぐに合流してくれ!」


 バラックは焦ったようにそう言うと、他の仲間の下へと向かって走り出した。


「さて、私はあのデカブツをやります。レイは残りの2人をお願いします」


「分かった」


 ノイズの言葉に、レイは素直に頷く。

 これは単純に強さの問題で、ノイズとレイではレイの方が強い。故に、レイが2人相手取るというだけのこと。そして、相手3人の中で1番強いのは明らかにデカブツ――グルドンだから、1人を相手取るノイズはグルドンと戦う……と言う訳だ。


「じゃ、頑張れよっ!」


 そう言って、ノイズは地を蹴ると、魔闘技を発動させ、ダルトンに片手剣を振るった。


「おらあっ!」


 そして、そんなノイズをグルドンが迎撃する。


「はっ! はっ!」


 ノイズはレイのことを考えて、ダルトンの位置を少しずつレイから引き離しながら剣を振り続けた。

 一方レイは、片手剣を右手で構え、左手をだらりと垂らしながらザクとルーカスに向き直る。

 するとザクが――


「分かった。レイ。お前を捕らえて、色々と聞かせてもらうことにする!」


 そう叫んで、ザクは剣を構える。一方、横に立つルーカスはやれやれといった様子で片手剣を2本構えると、口を開く。


「事情は何となく分かったけど、そう易々と捕らえさせてもらえるほど、そこの……レイ君?は甘くないからね」


「ああ、分かってる。凄まじいぐらい成長し、恐らく俺だけでは勝てるか怪しいだろうな……」


 ルーカスの言葉に、ザクは力なくそう言う。だが、直ぐにやる気を漲らせると口を開いた。


「だが、やるしかない! ルーカス、援護を頼む」


「了解っ」


 そうして2人は魔闘技を使うと、剣を構えて走り出した。

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