第三十五話 狂気の少年と盗賊

「……よし。さっさと身包み剥ぐぞ!」


 前線にいた剣士の盗賊――バラックは皆に聞こえるほどの大きさでそう叫ぶと、今しがた仕留めたギュンターが身に着けている物を片っ端から手に取り、金目のものが無いか探る。


「……お、金貨があるじゃねーか。こりゃいいな。これだけでこの襲撃の収支はプラスだな」


 金目のものがありそうな馬車を狙ったとは言え、まさか金貨を持っている人がいるとは、バラックも思ってはいなかった。

 バラックは久々の金貨を見て、顔を綻ばせながら、腰につけている革袋の中に入れる。

 そうして金目の物を取り終えたバラックは立ち上がると、森の方へ走って戻る。襲撃は手早く行い、手早く金目のものを回収しないと、第三者にこの光景を見られてしまうかもしれないからだ。そして、森の中に入ったバラックは、目の前にいる数人の仲間と合流すると、成果を手短に言う。


「この集団の中で1番偉そうな茶色コートの奴の持ち物はかなり良かった。貴金属類多数と銀貨数枚。そして、金貨1枚だ」


 バラックが少し間を開けて言った言葉に、3人は感嘆の息を漏らす。

 そして、1人が口を開いた。


「それはいいね。それで色々買ったら宴会でもしよう。さて、バラックはあと、馬車に積まれた物を出す手助けをしといてくれ。俺はこれを撤去したら、直ぐに拠点へ戻るから、そのつもりで」


 そう言って、若い男は地面に規則的に突き刺さったミスリル製の杭に視線を移す。

 これはこの盗賊団の頭が固有魔法オリジナルを発動させるために設置した魔法触媒だ。


「分かった。行ってくるぜ。お頭」


 バラックは男にそう言うと、踵を返して馬車へと向かった。

 馬車へと向かうと、そこには中から次々と金目の物を運び出してくる仲間の姿が目に入った。

 バラックは仲間に「よっ!」と軽く挨拶をすると、馬車の荷台に乗り込んだ。


「さて……て、もうほとんど出しちゃってるか」


 バラックはガラリとした馬車の荷台を眺めながら、気が抜けたようにそう言う。


「ま、手間が省けたからいいか。さて、残りはこの革袋か」


 バラックはそう言って、奥にポツンと置かれている革袋に視線を向けた。

 その時だった。


 ガサ……


「な!?」


 バラックは咄嗟に腰に差していた剣を抜き、構える。

 今、革袋の中にある何かが――動いた。


「何が入ってんだ……?」


 バラックは警戒しながら、1歩2歩と恐る恐る近づく。

 そして、革袋の口を締める革ひもを剣で――斬った。


「マジで、何……ああ、そういうことか」


 ゆっくりと横へ動き、剣先で革袋の口を広げて遠くから中を覗き込んだバラックは、中に入っているものを見て、納得したように息を吐く。


「人、首輪……つまりは奴隷か」


 奴隷。

 それは、犯罪者や借金を返済しきれなかった人が主になる、この帝国社会に置いて最底辺に立つ人のこと。

 それだけ聞けば割と自業自得なのだが、それ以外にもスラム街などから誘拐した人を奴隷にして、売ることで金を得る外道もいる。

 バラックは、即座にこの奴隷を後者だと判断した。

 何故なら――


「こんな子供が……」


 中にいる人を引っ張り出してみれば、そこにいたのはまだ11、2歳程度だと思われる子供だったのだ。

 子供がここまで酷い扱いを受ける奴隷になるなんて、後者しか考えられない。いや、前者のような経緯で盗賊になった子供の可能性も当然あるが、バラックは自身の過去が原因で、どうしても後者としか思えないのだ。

 だが、この子供はどうするべきだろうか……


「今まで見て来た奴は皆犯罪奴隷だったから殺していたが――な!?」


 殺してきたという言葉を発した瞬間、一瞬だけだが息が詰まるような圧を感じた。

 その圧の主は、信じがたいが、そこにいる子供――レイだ。


「僕を……殺すの?」


 振り絞るように発せられたレイの言葉に、バラックは少しの間考えを巡らせる。


(何だよ。今のは……やっべぇ圧だな。こいつ、生への渇望が尋常じゃねぇ。ちょ、マジで……狂気すら感じたんだが? こいつ本当に子供だよな? 俺を一瞬とは言え気押すとか、何者だ? ……まあ、流石に子供を殺すのは俺じゃ出来ないし、お頭に判断を委ねるか)


 考えをまとめたバラックは、レイに向き直ると口を開く。


「大丈夫だ。俺は殺さん」


「そう……よかった」


 バラックの言葉に、レイは微かに安堵の表情を浮かべてそう言う。

 そんなレイを見て、バラックは混乱に陥る。


(な、何で俺の話をそんな素直に受けるんだ……? 何か不安定というか、何と言うか……よく分からん)


 結局、バラックはレイに対する評価を”よく分からない子供”にした。


「まあ、取りあえず連れてくか。さっさと行かなきゃいかんし、ちょっと革袋に入ってろ」


 バラックの言葉に、レイは素直に頷くと、革袋の口から出していた顔をカタツムリのように引っ込める。


「じゃ、行くか」


 バラックは短くそう言って、レイが入った革袋を両手で抱えるように持つと、荷台から跳び下りた。


「おいおい。おせーぞ。バラックさん」


「すまん」


 馬車をこれから処分しようとしていた仲間からの叱責を甘んじて受けつつ、バラックは仲間と共に走って森の中へ入る。

 そして、そのまま少し走った所で、疲労から速度を落とし、早歩きとなった。

 その後は早歩きで森の中を進み、時折襲い掛かってくる魔物は革袋を置いてから仲間と共に撃退。

 それが30分ほど続いたところで、ようやく拠点についた。

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