第三十六話 黒の支配者

 拠点はそこそこ大きな岩の洞窟で、その前にはそこそこの大きさの広場もある。


「あ~疲れた」


 軽いとはいえ、人を抱えながら森の中を進み続けるのは少しきつかった。

 バラックは思わずその場に座り込もうとするが、直ぐにはっとなると、頭がいるであろう洞窟へと向かう。

 洞窟の中は中央に道、その両側に武器防具などが並べられている。土属性魔法師の手が加えられているようで、地面は洞窟の中とは思えないほど平坦だ。

 20メートルほど奥へ進むと、今度は両側に貴金属類や金貨、銀貨が入った宝箱等が綺麗に並べられていた。

 そして、その奥にある木のドア。これは土属性魔法師が奥のスペースを加工して造った部屋のドアだ。

 バラックはその場にレイが入った革袋を置くと、ドンドンとドアをノックし、「バラックです。お頭に会いたい」と言う。すると、直ぐに許可が入った。

 バラックは再び革袋を抱え持つと、ドアを体で押して開け、中へ入る。

 部屋の中は十二畳ほどの空間で、魔道具で室内が照らされている。中央には机とテーブルがあり、そこには椅子に座って水を飲む頭の姿があった。


「バラック。どうしたんだい?」


 頭は革袋を抱えるバラックを見て、訝し気にそう問いかける。


「実は、これを見てください」


 そう言って、バラックは革袋を床に置くと、剣を抜いて革袋を引き裂く。

 すると、革袋の中に入っていたレイの姿が露わとなった。

 ボロボロの、布切れのような服。子供らしからぬ、暗い雰囲気。そして、首に付けられた鉄製の首輪。

 そんなレイを見て、頭は一瞬目を見開くと、少しの間何か考えるように黙り込み、そして口を開く。


「……子供の奴隷か。確かに、バラックなら捨ててはおけんよな。さて、お前の望みは分かる。ここに住まわせて欲しい……だろ?」


「はい」


 真面目な口調で話す頭に、バラックは真剣な表情で頷く。


「分かった。だが、何もできない無能をここに置くことは出来ない。それは……分かるよな?」


「はい。分かってます」


 バラックは再び頷く。

 分かってはいるのだ。無能を置いておく余裕が、盗賊たちにあるわけがないのだ。

 そのことを思い、バラックはギリッと歯噛みする。

 それでも――と言いたい気持ちはあるが、自分勝手なまねをして、仲間に――ましては自分を救ってくれた頭に迷惑をかけたくないという思いが入り、言葉にすることはできなかった。

 沈黙の時が流れる。

 そして、その沈黙を頭が破った。


「ま、1人くらい補助担当がいてもいいんじゃない?」


 急に破顔した頭に、バラックは思わず目が点になる。

 そんなバラックを置いて、頭は軽い口調で話す。


「料理や武器防具の手入れくらいなら、この子でも出来るだろう? それに、今の内から鍛錬させとけば、数年後には戦士にもなれる」


 何より――と、頭は言葉を続ける。


「そんな見るからに不遇な目に合って、奴隷となったであろうその子を見捨てるなんて真似、俺には出来ないね。もちろん。敵対するようなら殺すけど」


 最後に物騒な言葉を付け加え、頭は話を終える。


「あ……はは。頭には敵わねぇな」


 バラックは肩をすくめてそう言う。


「あっはっは。偶には厳かな頭もいいものだろ? さて、では名前を聞こう。君の名前は?」


「僕の名前はレイ」


 頭の問いに、レイは立ち上がると、淡々と自己紹介をする。

 そんなレイを見て、頭は一瞬痛ましいものを見るような目でレイを見るも、直ぐににこやかな顔になると口を開く。


「俺の名前と似てるね。俺の名前はルイ。”黒の支配者”の頭だ。よろしくね。……あ、忘れてた。バラック、その首輪を取ってあげて」


「了解、お頭」


 バラックは頷くと、レイの首輪を両手でつかむ。直後、バラックの体の表層部に魔力が流れ――


「はっ!」


 バラックは両手を引き抜く。

 すると、いとも簡単に首輪は2つに割れた。


「んー相変わらず見事な魔闘技だね」


「お頭ほどじゃないさ」


 ニコニコと笑いながら言うルイの言葉に、バラックは肩をすくめて謙遜する。

 ”魔闘技”とは、簡単に言えば魔力で体を強化する技だ。

 魔法ではなく技なので、魔法に適性が無い人でも使うことが出来る。ただし、使いこなすには相当な修練が必要になるが……


「まあ、そんな話はさておき、これで君は奴隷じゃなくなった」


 そう言って、ルイは目を見開きながら首を触るレイを見る。


「え……? どういう……」


 何が起きたのか分からず、混乱するレイ。

 奴隷じゃない? でも……だから何だ?

 今のレイからしてみれば、奴隷かどうかなんて、もうどうでもいいのだ。

 生きたい、生きたいと願い続けた今、あるのは――生への狂気的なまでの渇望のみ。

 だが、そんなレイの瞳には、微かだが光が宿っていた。


「ふぅ。じゃあ、レイ君のことは後で俺が皆に説明するか。バラックはその子の心のケアを……あ、その前に一応聞いとこ。レイ君って魔法使える?」


 そんなルイの問いに、レイは平然と――


「うん。光属性魔法が使える」

 当然のことのように言ったレイの言葉に、2人は固まった。

 そして、ルイが声を上げる。


「やべぇ逸材だ! おい、バラック。絶対にその子は大切にするぞ! ”黒の支配者”唯一の光属性魔法師だ!」


「おーけーお頭。理解した」


 ルイの言葉に、バラックはそう答える。

 こうして、盗賊団、”黒の支配者”は慌ただしく動くことになるのであった。

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