第三十四話 盗賊の襲来

 5時間後――


 ギュンターは順調に街道を進んでいた。街道と言っても土の地面を地面圧縮アースプレスで踏み固めただけの簡素なもので、帝都付近のような石畳の街道とは天と地ほどの差がある。

 だが、この馬車はノーマン商会特製の馬車で、サスペンション付きの揺れにくい馬車。故に、この道でもそこまで揺れは感じない。


「いや~帰りは平和そうだなぁ……」


 左に広がる草原と、右に広がる森林を眺めながら、ギュンターは穏やかに言う。

 リベリアルへ行くときは、いつもより多く魔物に襲われ、予定よりも着くのが4日も遅れてしまった。だが、帰りは今だ魔物と遭遇していない。これなら、行きの遅れを取り戻せそうだ。

 そう思い、ギュンターは朗らかな笑みを浮かべる。

 だが、悲劇というのはある日突然やってくるもの。

 ギュンターも、例外ではなかった。


 ヒュン ヒュン ヒュン


 突然、森の方から大量の矢が放たれた。

 放たれた矢は放物線を描き、斜め上空からギュンターとその護衛4人を襲う。


「ま、マズいっ」


 ギュンターは即座に御者席から左側に跳び下りると、馬車の陰に身を潜める。


「くっ 盗賊か!? 魔力よ。防壁シールド!」


 護衛の1人である男魔法師が咄嗟に短縮詠唱で防壁シールドを展開して、飛来する矢から皆を守る。

 直後、今度は森から火の球や渦巻く風の槍が飛んでくる。


「マズいっ」


 男魔法師は、その光景に危機感を覚える。

 短縮詠唱の防壁シールドでは、あの魔法の攻撃は防げない。完全詠唱なら防げただろうが、もう詠唱している余裕はない。

 なら、仲間を頼るのみ――


「……炎壁フレイムウォール!」


 男魔法師が防壁シールドを展開した直後から詠唱を始めていた女魔法師が中級火属性魔法、炎壁フレイムウォールを発動させて、前方からの矢、および魔法の攻撃を防ぐ。


「ナイス。ありがとな」


「良いのよ。ただ、今の内に詠唱してて。2人は接近の用意を」


 男魔法師の礼に、女魔法師は軽く頷くと、男魔法師に詠唱を、槍術士の女と剣士の男に接近の用意をするよう伝える。

 だがその直後、予想よりも早く炎壁フレイムウォールが、シューッ!っという音と共に消滅した。恐らく、敵に水属性魔法師もいるのだろう。


「くっ 魔力よ。燃え盛る炎となりて――」


 女魔法師は悪態をつきつつも、即座に詠唱を唱え始める。

 だが、そうはさせまいと森から矢が次々と飛んでくる。

 これはマズい。誰もがそう思った瞬間――


「……防壁シールド!」


 ギリギリで男魔法師の詠唱が終わり、完全詠唱による防壁シールドが展開されて矢を防ぐ。


「はぁ……まじで危なかった……」


 男魔法師の言葉に、3人は無言で頷く。

 すると――


「皆さん。遅れてすみません。私も戦いましょう」


 その言葉で、4人は一斉に後ろを向く。すると、そこには杖を持つギュンターの姿があった。


「私はこれでも帝国最高の魔法研究者の弟子……まあ、交渉担当なので、強さはそれなりといったところですが……」


 自嘲するようにそう言うギュンターに、4人は顔を見合わせる。そして、女魔法師が口を開いた。


「あなたは護衛だから隠れてて欲しい……と言いたいところだけど、結構マズい状況だから、手伝ってください」


「分かりました。魔力よ。貫く雷となりて――」


 ギュンターは頷くと、即座に詠唱を始める。


「じゃあ、私も。魔力よ。炎と……!? 炎槍フレイムランス!」


 女魔術師は即座に詠唱を切り止めると、短縮詠唱で右に向かって炎の槍を放つ。

 そんな女魔術師の行動にはっとなり、両側を見てみると、既にそこには両側合わせて6人の姿があった。女魔法師が放った炎の槍は、水壁アクアバリアによって防がれてしまったようだ。


「ちっ 囲まれていたかっ」


 相手を囲むという、盗賊の常套手段を完全に失念していたことに、剣士の男は悪態をつく。


「……雷槍サンダージャベリン!」


 だが、ギュンターが詠唱を終え、完全詠唱による雷槍サンダージャベリンを左側にいる盗賊めがけて放つ。

 しかし――


「……土壁アースウォール!」


 予め詠唱されていた土壁アースウォールの完全詠唱によって防がれてしまう。

 完全詠唱は燃費が良く、威力も高いというメリットがあるが、相手に対抗策を考える余裕を与えてしまうというデメリットがある。今回も、ギュンターが雷属性魔法を使うことが詠唱でバレてしまったため、雷属性魔法に総じて強い土属性魔法の準備をされてしまったのだろう。

 更に――


「す、すまん」


 そんな男魔法師の言葉と同時に、正面からの攻撃を防いでいた防壁シールドがパリンと割れてしまった。

 しかも、盗賊側の剣士、槍術士、斧術士等がもうすぐそこまで迫っていた。


(くっ ここまで統率が取れてて、個々の戦闘能力も高い盗賊がこんなところにいたなんて――)


 男魔法師がギリッと歯を鳴らすと、叫び声を上げる。


「全員一斉に逃げるぞ! バラバラに、別々の方向に逃げるんだ!」


 男魔法師の言葉に、ギュンターたち4人は一瞬思考が停止するが、直ぐに男魔法師が言いたいことを理解すると、即座に盗賊たちから背を向ける。

 そして、まだ盗賊たちがいない草原の方に向かって、それぞれ走り出した。

 1人は真正面、1人は真正面より少し右側と、皆別々の方向に向かって走る。

 魔法師相手に固まって逃げれば、一網打尽にされるだけ。だが、こうやってバラバラに逃げれば、誰かは生き残れるかもしれない――と言う訳だ。

 だが、現実は本当に――非情だった。


「がはっ!」


「ごほっ」


 まず、女魔法師とギュンターが剣士や槍術士の盗賊に速度負けして追い付かれ、背中を斬られる。

 2人はそれでうつ伏せに倒れた。

 そこに、容赦のない一撃が入り――死んだ。

 ヒュン ヒュン


「くっ」


 次に、男魔法師が背中に矢を受け、動きが鈍る。


「魔力よ。渦巻く風の槍となりて全てを貫け。風槍ウインドランス!」


 そこに、容赦なく完全詠唱の風槍ウインドランスが放たれる。


「くっ 魔力よ。防壁シールド!」


 男魔法師は避けきれないと咄嗟に判断すると、短縮詠唱で防壁シールドを展開して自身を守ろうとする。


 パリン


「がっ……」


 だが、その程度で防げるわけもなく、風槍ウインドランス防壁シールドをガラスを割るようにいとも容易く破壊すると、男魔法師の背中に風穴を開ける。


「……っ」


 男魔法師は己の死を自覚すると共に地に伏せると、意識を閉ざした。

 残るは槍術士の女と剣士の男。

 2人は他の3人よりも足が速いお陰で、何とか逃げていた。

 だが――


 ヒュン ヒュン


 まず、いくつもの矢が飛来し、2人の動きを制限する。


「――風槍ウインドランス!」

「――炎槍フレイムランス!」

「――土槍アースジャベリン!」


 そこに、中級魔法が一気に叩き込まれる。


「ぐあああっ!!」


「うぐっ」


 2人は何とかして避けようとするものの、そのかい虚しく命中し、命を散らすこととなった。

 こうして、ギュンター及び4人の護衛は――全滅した。

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