第三十二話 歪む心

 その日の夜――


「ここがお前の家だ」


 そう言って、ルークは両手両足を拘束された全身血だらけのレイを牢屋の中に放り込む。

 牢屋の中に放り込まれたレイは、ピクリとも動かない。ただ、小さく息を吐きながら、暗い瞳で呆然としているだけだ。


「はぁ~あ。最近寝不足だからなぁ……今日は早めに寝よっと」


 ルークはわざとらしく口に手を当て、大きくあくびをすると、目を擦りながら去って行った。

 一方、牢屋に残るレイは、ルークがいなくなったことを確認すると、かすれた声で詠唱を紡ぐ。


「魔力よ……回復の……光となりて……我を、癒せ……回復ヒール


 完全詠唱の回復ヒールが発動し、レイの傷を癒していく。そして、あっという間にレイの傷は完治した。

 回復ヒールで治せるような、外傷のみだったのは不幸中の幸いだろう。

 だが、レイの心の傷は――奈落のように深かった。


「何で……何が……どうして……」


 レイは床に横たわったまま、涙を流す。

 ガストンは、ガータンはいい人だと言った。だからついて行くと決めた。

 なのに……


(ガータンさんはいい人じゃない。違う。違う。でも……何で……)


 レイは何故、ガストンがガータンのことをいい人だと言ったのかが理解できなかった。

 だが、直ぐに答えに辿り着く。


(嘘をついていたってこと……なの……?)


 ガストンが嘘をついた――ガストンに裏切られた。

 そう、レイは結論付けた。

 1か月共に過ごしてきたあの笑顔も全部、嘘だったのだろうか……


「……助けて」


 レイは振り絞るようにして、そう言葉を紡ぐ。

 すると、次第に頭に思い浮かんでくる1人の男。

 レイの父親にして、最期までレイを守ろうとした男。

 そう。グレイだ。

 そして、グレイを思い出すと、必然的にグレイの最期の言葉が頭をよぎる。


「幸せに生きてくれ……今の僕は、幸せじゃない」


 こんなのお父さんの望んだことでもない。何としても、ここから逃げ出さないと――

 そう思ったレイは、鉄格子に視線を向ける。

 そして、詠唱を唱えた。


「魔力よ。4本の光の矢となりて敵を穿て。光矢ホーリーアロー!」


 直後、4本の光り輝く矢が放たれ、レイがいる牢屋の鉄格子を壊さんとする。

 その結果は――


「……無理か」


 光矢ホーリーアローを受けた鉄格子は、今だ健在だった。

 だが、進展もある。


「……あ、少し削れてる……」


 よく見ると、少しだけ鉄格子が削れている。この調子で削り続ければ、そう遠くない内に壊せるかもしれない。

 レイの瞳に、大きな希望の光が見えた。

 だが、それはすぐに黒く染め上げられることとなる。


「あーあ。やっぱりあの程度じゃ駄目みたいだね」


 耳障りな声と同時にドアが開き、ルークが入ってくる。

 ルークの姿を見たレイは、途端に怖気が走るとともに、今己がマズい状況にいることを察し、身震いする。

 そんなレイを見て、ルークは口元を抑えて「クフフフ……」と笑う。


「……ギャハハハハハハ!!」


 そして、堪え切れなくなったのか、腹を抱え、後ろへ仰け反りながら、大笑いをする。

 その姿はまさしく狂気の一言に尽きる。


「ハハハ――ああ、最高だよ! 僕の思い通りに動いてくれて、嬉しいよ! ご褒美に、今夜は特別な夜にしてあげるよ」


 狂気に満ちた顔でルークはそう言うと、牢屋の鍵を開け、中に入る。

 そして、怯え、後ずさりするレイにゆっくりと近づくと、白衣のポケットから注射器と液体が入った細長い透明な容器を取り出す。


「さあ、今調合して上げるからね……」


 ルークは注射器の中に液体を流し込むと、その液体に詠唱を唱える。


「魔力よ。闇となりて今晩に苦の祝福を与えよ。一夜の祝福オールナイト・ブレス


 すると、濃い黄色の液体が途端に暗くなっていき、暗黄色へと変わった。


一夜の祝福オールナイト・ブレスは特殊な魔法触媒とセットで発動する僕の固有魔法オリジナルでね。どんな効果なのかは、打ってからのお楽しみといこうじゃないか」


 そう言って、ルークは注射器をレイの右腕に向けると、一気に全て注射する。

 昼頃までなら悲鳴を上げていただろう。だが、今ではもうこの程度の痛みは痛みの内に入らないのだ。

 レイは黙って、その注射を受け入れる。もし、受けなければどうなるのかは、昼に痛いほど教わっているのだ。


「……これでよし。では、あとは頑張ってねぇ」


 ニヤリと口角を上げると、ルークはその場から去って行った。

 一方、牢屋に残ったレイはガタガタと震えていた。そして、自身の安易な行動を後悔する。


「あんなことをしなければ……ん!?」


 直後、レイは強烈な頭痛を感じ、床に倒れ伏す。まるで、頭を勝ち割られたかのような激痛だ。


「う、う、う……魔力、よ……回復の……回復ヒール……」


 完全詠唱をする余裕すらもなく、レイは短縮詠唱で自身の額に回復ヒールを使う。すると、途端に頭痛が引いた。


「良か……う、おう……」


 だが、数秒経つとまた直ぐに頭痛がレイを襲い始めた。

 更に、追加で強烈な腹痛も襲い掛かる。


「う!?……っ! ……!? くっ!」


 言葉にならない声を出しながら、レイは牢屋の床を涙を流しながらのた打ち回る

 もはや、この世のものとは思えない痛み。

 死ねば楽になるのではないか?

 そう、本気で思ってしまうほどだ。だが、この状態では自死を選ぶことは出来ないし、そもそも選ぶつもりもない。

 それは、命を懸けて守ってくれたグレイに対する冒涜でもあるからだ。それに、レイはグレイの最期の願いを――叶えていない。

 それを叶えぬまま死ぬなんて、自分が自分を許せなくなる。


「なん、と、して……もぉ……」


 レイは激痛で身悶えながらも、意思を強くし、何としても生きると心に決めた。


 ◇ ◇ ◇


 半月後――


「う……くぅ……」


 レイは全身傷だらけ、爪は全て剥がされ、皮膚は所々引き剥がされているという酷い有馬だった。

 そんな状態で、両手両足を金属製の拘束具で拘束され、牢屋に捨てられている。

 だが、レイは回復ヒールを使わない。使うと、「あの程度の怪我なら治るんだ~。なら今日はもっと過激なことをしてあげよう」とルークに言われ、言葉通り、本当に前日よりも酷い目に会うのだ。


「……父……さん……」


 そんな状態になってしまっているレイが、今もなお心を保てていられるのは、偏に心の拠り所として父――グレイの言葉があったからだ。


("――生きてくれ" これがお父さんの言葉。絶対に、生きる……)


 レイは頭の中で、グレイの言葉を反芻し、気を保つ。

 だが、レイは気づいていない。

 グレイ最期の言葉が、歪みつつあることに――

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