ドン・フランシスコ⑦
「フフ、よいよい。儂の前だからといって気を使わなくてもよいわ」
「……?」
「ここに来るまで旅芸人を名乗っていたのであろう? これはその一芸とみた。ただし、信長様の名前を出すのはここだけにしておけ。命は大事にするものじゃ」
宗麟はそう言って、微笑を浮かべながらチクリと警告をした。
安易に信長の名前を使うと首が飛ぶ、そう解釈できる。
それに宗麟は信長を様付けで呼んでいた。少なからず、信長とは交流があるのだろう。それも良好な関係っぽい。
そのために私達が芸のダシに信長を使った事が気に障ったのかもしれない。
生前なら笑いのネタに、度が過ぎれば怒られて終わるかもしれない。
ただ、ここは戦国時代真っ只中。冗談などが通じなそうな、頭がガッチガチな武士の時代だ。
確かに余計な言葉は身を滅ぼすかもしれない。仮にそれが本当の話でもだ。
「アハハハ! 信長の名前を使うなんて中々肝が据わってるじゃないか。なぁ、父上」
「うむ! 誾千代同様に中々豪胆な奴よ。それもエーサイ教育とやらの賜物かのう、ガハハハ!」
と、逆に信長をダシに使った事を笑いながら褒める立花親子。
宗麟の考えに合わせると思いきや、全くそんなことがない立花親子に紹運は
「全くお前達は……、まぁよいわ。ラブリーが神かどうかは兎も角、晴信が裏切るというのは案外嘘ではないかもしれんの」
と、宗麟は落ち着いた口調でそう言った。
「へぇ、知ってたんだ?」
「知ってた……というより予兆あり程度かの。以前逢うた時に龍造寺
「愚痴って……。いくらキリシタン仲間でも、アンタ達一応敵国同士なんでしょ⁉ よくもまぁ内情をベラベラと喋れるわね」
「元々
なるほど、と私は相槌を打った。
元々統治していた土地だったので前から交流はあった、という事だろう。
晴信の父・
宗麟はどうやら晴信の父の代から交流が深かったに違いない。
それからの肥前国は、大友宗麟から龍造寺隆信へ守護大名が変わった事で現在大変な目にあっている。
まとめるとこんな感じなのだろうか。
「まぁそれはさておき。来年の今頃、晴信率いる有馬軍が龍造寺と本格的な戦を起こすと。ラブリーはそう申すのだな?」
私は首を縦に振った。
まったく信じられない……というわけではなさそうな表情を見せる宗麟。腕を組み、「うーん」と声を漏らしている。
そんな当主を見てか、紹運が会話に切り込んだ。
「宗麟様。ここはひとつ愛姫殿の言っている事が起こる前提で話を進めるのが宜しいかと」
「紹運……、お前もこの話を信じろと?」
「確たる証拠が無い故、私も話半分……いや、それ以下で聞いておりました。ですが、愛姫殿の眼は嘘を付いてるようには見えないのです。何故来年の今頃に戦が起きるのか、詳しく話せない理由があるのではないでしょうか?」
「…………」
横目で紹運を見ながら自慢の髭を撫でる宗麟。
うーん、と声を漏らしながら、反対側の道雪に顔を向ける。
「道雪。お主はどう思う?」
宗麟の問いに、道雪は腕を組み直して答える。
「ふむ。儂も紹運殿同様、この娘が嘘を言っているようには見えませんな。真っすぐで、そして力強い。まるで殿の若かりし頃を見てるようで懐かしくなりましたな!」
「……そうか」
そう言うと、宗麟は髭を触りながら何か思い出しているような、
このキリシタン漢にもそんな時代があったんだな。
出来ればそんな時に出会いたかった、と私は少し残念に思うのだ。
「父上ー、そんな昔話どうでもいいじゃないか。宗麟様は愛に負けたんだ。例えそれが嘘であれ何であれ、敗者は勝者に従わなきゃ!」
「ググ……誾千代。お前、本当にどっちの味方なんじゃ……」
折角の良い雰囲気に水を差された宗麟。ちょっと可哀想。
個人的には誾千代が言っているようにすんなりと話を通してくれれば楽なのは確かだ。
でもそれ以上に、宗麟が何だか少し変わったような、大友家当主としての自覚ある顔になった気がした。
私は今の方が好みだ。何を信仰するかは人それぞれだが、やっぱり日本男児は十字架や聖書より刀を握っていた方がカッコイイから。
家臣の意見を聞いた事で楽になったのか、宗麟の顔に覇気が戻る。
ここで喧嘩した時のような顔ではない。紛れもない決意を持った戦人の顔だ。
そうでなくては。
私が用のあるのはキリシタンとしての大友宗麟ではない。大友家第二十一代当主の大友宗麟に用があるのだ。
「話すがいい、ラブリーよ。来年の今、龍造寺と有馬・島津連合軍との戦の中で、どのように領土を広げるのかを」
「……これ以上の事は後に引けないけど、いいの?」
「後に引けない……か。カカカ、言いおるわ! お主の場合、後には退かせないの間違いであろう!」
「ウンウン、分かってるじゃない。なら示してあげる! 大友家が領土を拡大出来る、唯一の道筋を!」
史実通りなら、戦の中で見せる島津の慢心。そこを突く。
私は宗麟とこの部屋にいる全員へ、領土拡大の詳しい内容、作戦を絵図を使って説明した――。
時間にして一時間ぐらいだと思う。
私はノンストップで喋り続けた。
途中質問などあったが、進行の妨げになるので、全て説明が終わってから受け付ける事にした。
まとめて受け付けた質問も全て捌き切り、静まり返った部屋の中で、私は腕を組んでドヤ顔を決めるのであった。
「――凄い策じゃないか、愛! 確かにこれが本当なら島津の隙を突けるかもしれないね!」
私の作戦を聞いた誾千代のテンションは上がる。気に入ってくれたようで何よりだ。
そもそもこの作戦は私が考えたのだが、中身の詳しい内容は昔から戦慣れしている左月に協力して作ったものだ。
私が大友側。左月が島津側。
紙と絵図だけで作った仮想将棋。
立花山城に滞在した数日間、大友宗麟を納得させるために寝る間も惜しみ、ふたりで練った。
何百パターンとある動きの中で、どれが一番選択されやすいのか。また動きが変わった場合、どう切り返すのか。
私が勝つまでこの仮想将棋は続き、勝ち残った作戦を今伝えたのだ。
確実……とはもちろん言えないが、希望の持てる作戦のため大友家臣の期待値も上がる。
ただし、大友宗麟だけを除いて。
「…………」
ひとり苦い顔をする宗麟。
その理由は何となくわかっていた。
「ラブリーよ。この作戦の先陣は誰が切るのじゃ?」
予想通りの質問だ。続けて宗麟は口を開く。
「お主も知っていると思うが、儂等はこの策で一度敗北を味わっておる。そんな苦汁を舐めた地に誰が先陣を切りたいと思う?」
この作戦の一番のネックとなっている所。
そこは大友が多くの兵と家臣を失った、いわばトラウマになっている地なのだ。
「アタイが行くよ! 宗麟様、先陣はこの立花誾千代隊に任せておくれ!」
誾千代が大きく挙手をする。
迷いが無い。学校なら先生達から好かれるタイプだろう。
「ばっかもん! 誾千代、先陣は儂じゃ!」
「はぁ? 何言ってるんだい、父上⁉ そんな身体じゃ無理に決まっているじゃないか。大人しく本陣で胡坐でも掻いてなよ!」
儂だ! アタイだ!
そんな言い争いを始める立花親子。
「えーい、黙らんか馬鹿共! どちらも先陣には出さんわ!」
宗麟は一括を入れる。
「この策はあまりにも不確かな部分が多いのじゃ。そう簡単に決める事など出来んわ……」
まぁそうだろう。これはあくまで私の予想通りに動けばの話なのだ。
そんな不確定要素満載な、さらには一度苦汁を舐めた地であるならなおさらだ。
だけど、私はこれを解消する策を既に持ち合わせている。
「安心なさい。先陣は既に決まっているわ」
「何? では誰が先陣を切るのだ?」
「誰って……私達に決まっているじゃない! この作戦の一番槍は愛姫隊の特等席よ。そこは譲れないわ!」
喜多やお打は驚きを見せない。既にこの作戦は伝えてある。
始めこそ反対はされたが、「だったらアンタ達が私を守りなさい」と言ったところ黙った。
「真に……、真自ら先陣を切るつもりか⁉」
「当ったり前じゃない! 大将が先頭になって模範にならなきゃ部下は付いて来ないわよ!」
「いや、大将は儂……」
宗麟が何かを言ったようだが、よく聞こえなかったのでスルーだ。
私の案で良いか、と聞くと皆首を縦に振った。
「なら決まりね。それじゃあ一年後始めましょうか、第二次『耳川の戦い』をね!」
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