第十一話 家督相続①
●政宗語り●
――愛姫。
三春城主・田村
歳は儂より一つ下。黒髪で顔も整っており、芸は琴を嗜んでいるし、教養もある。
性格はどちらかというと大人しい方。人当たりも良いので伊達家の人間とも上手くやっている。
それだけを見れば、次期当主である儂の正室としては申し分ない女だろう。
だが、それ以上でなければ以下でもない。
良く言えば普通、悪く言えば面白味に欠ける女である。
飛び抜けた才能があるわけでもない。性格に難があるわけでもない。
多分そこらの農民の女に同じ事を教えれば出来そうな位、精々違うと言えば家柄だけだろう。
儂からしてみれば嫁など、名家であれ、農民上がりであれ関係ない。
儂のために尽くし、儂の邪魔をしない。ただこれだけである。
そんなある日、愛が急に倒れた。
医者曰く、病名は赤痢らしい。何処から病気を貰ったのかもわからないと言っていた。
仕方がないので、儂は奥州一と呼ばれている薬師寺という医者を呼びつけ診て貰う事にした。
最初こそ回復傾向にあったものの、容態は徐々に悪くなっていった。
興味がない女とはいえ、死なれては困る。
儂が医者に「どうにかならないのか?」と尋ねると、ひとつだけ方法があると答えた。
秘薬『黄泉返り』。
愛は今、現世と冥土の間を彷徨っているらしく、完全に回復するには一度冥土に送ってから現世に戻す必要があるらしい。
正直医者の言っている事など理解出来なかったが、このまま衰弱死されるよりはまだ良い。
儂はその秘薬を愛に使ってくれ、と医者に頼んだ。
結果、愛は死んだ。呼吸もろくに出来ず、もがき苦しみながら。
事はその一瞬、ほんの一瞬の出来事だった。
気付いた時には、儂は刀を抜いていた。
部屋の端っこに逃げる医者をゆっくりと追う。命乞いなど、もはや聞こえなかった。
別に愛を愛していたわけだではない。別に愛のためにやっているわけではない。
また正室を見つけ、婚儀を交わす。それが面倒だった。
誰のためでもない。儂は腹いせでその刃を振り落としたのだ。
――――――――――
「――っか!」
「…………」
「――若っ! 聞こえておられますか⁉」
「……っ!」
隣で儂を呼ぶ声が聞こえ、我に返る。
親の声よりよく聞いた声である。
――片倉小十郎。
父・輝宗の元
愛の侍女頭であり、儂の乳母である喜多とは義理の姉弟関係。
血は違えど、片倉の義を分け合った姉弟の絆は素晴らしい。正直、儂の活躍もこの姉弟あっての事である。
風の噂ではあの信長も欲しがっているらしい……。
まぁ、所詮は噂よ。
幼い頃から一緒に過ごしてきた、儂の右目とも言える小十郎に限ってそんな真似はしないと思うが。
「何じゃ?」
「何じゃって……、拙者の話聞いておりましたか⁉」
いや、聞いてない。
そもそも何の話をしていたのかすら全く分からない。
儂同様に馬に跨った状態で小十郎は問う。
「ああ、すまぬ。何の話じゃったか?」
「金山城が攻略間近という話です。
「最後の難所・金山城は知略で崩壊か……。小十郎の作戦にはいつも驚かされるわ」
小斎城、丸森城に続き、金山城も落ちる。
親父の悲願だった三城をほぼ手中にした事により肩の力が抜け、儂はついつい口から大きく息は吐く。
「初陣を大勝利で飾れた事、若の守役としてはこれ以上の喜悦はありませぬ。独眼竜の名に恥じぬ立派な働きで御座った!」
「ふん。小十郎や成実、皆が儂のために死力を尽くしてくれたのだ。これは当然の結果よ。」
「ふふ、拙者に成実……でありますか。お褒めの言葉には恐悦至極、されど若、拙者達より前に肝心な御方をお忘れでは?」
小十郎は笑いながらそう言った。
「ん? 誰じゃ?」
「姫様をお忘れですよ、若」
忘れていた。相馬との戦いに突然参加し、あの
「わははは! おったのう、そんなのも!」
「……本当に忘れておられたのですか。姫様がここにおられましたら、確実に飛び蹴りが飛んできますぞ」
「待て待て、名前を忘れただけで流石にそこまではせんじゃろ。いくら何でも」
「若。今まで若が姫様に蹴られた場面をじっくりと思い出してくだされ」
はて……。儂は小十郎が言う通り、愛に蹴られた場面を思い出す。
薬師をなで斬りにして蹴られ、愛の甘味をつまみ食いした事で蹴られ、風呂場で裸を見ただけで蹴られ、そういえばすれ違っただけで蹴られた事もあったか。
ん?
儂は指で愛に蹴られた回数を数えるが途中で思い出せなくなり、指を折るのをやめた。
「……儂、何故こんなに蹴られておるんじゃ?」
「それは拙者に聞かれても……。若が姫様に何か気の障る事をしたのでは? いくら姫様でも、理由なくして暴挙を行いますまい」
「いや、奴は儂とすれ違っただけで腹を蹴りおったぞ! わかるか⁉ すれ違っただけじゃぞ⁉」
声高らかにそう言い放つ儂。
「ん? 確かにこれまでを思い出すと、名前を忘れただけで蹴りが飛んでくるのも何だか納得がいくな……」
「あーっははは!」
腹を押さえながら笑う小十郎。
「はーはー……、姫様はあの一件以来大分変りましたからな。積極的というか、挑戦的というか」
「阿呆、変わったどころの騒ぎではなく別人じゃ。儂には愛の皮を被った物の怪にしか見えん」
「……物の怪だとしたらどうなさるおつもりで?」
「…………」
嫌な質問をする。
別に答えなど決まっているのだが、何だか器を試されているような、そんな気がする。小十郎はたまにこういうところがある。
「それは守役としての質問か?」
「いえ、人としての質問です」
ハッキリと言う小十郎。横目だが顔ほんのりと笑顔である。
「――斬る!」
儂はハッキリとそう言った。
ただし。
「が、伊達に害を
儂の回答に小十郎はニコリと笑う。
「何じゃ、馬鹿にしておるのか⁉」
「いや、若らしい……と思いまして。安心して力が抜けました」
「安心?」
「左様。若が家督を継いでも伊達は安泰だな――と」
今度は横目ではなく、しっかりと儂の方に顔を向け直す小十郎。
それにしても「人として」……か。その言葉に何だか重みを感じる。
「お前もか……。じゃから儂はまだ早いと何度も――」
「いえ。若はもうご立派です!」
親父め、余計な事を。
儂は何故小十郎がこのような話をしたのか、瞬時に理解した。
「あの織田信長も十八歳で家督を継いだのです。天下を狙うのであれば早いに越したことはないでしょう」
「じゃが、親父もまだ四十代に入ったばかりじゃぞ。隠居には早すぎるわ!」
親父は少し前、儂に家督を譲る話をした。
相馬との戦いで伊達の勝利はほぼ確定的。儂の力も伊達領内に十分示すことが出来たので隠居を考えていると。
その時儂は「はい」と、即答出来なかった。実感が湧いてこなかったのだ。
初陣で結果を残したとはいえ、親父はまだ若い。十分に前線で戦える漢だ、引退を考える歳ではない。
それに儂が家督を継ぐ事を
恐らく踏ん切りがつかない儂を見て、小十郎に説得するよう頼んだのだろう。
守役でもない、軍師でもない、儂の右目である小十郎に。
「義姫様は小次郎様を連れて城を出て行くおつもりです」
と小十郎は儂にそう言った。
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