ドン・フランシスコ⑥
「…………」
「…………」
呼び戻された私達は、鼻に傷を負った宗麟と対面する。
お互い顔を合わせるが話そうとはしない。重々しい空気の中、ひとりの侍女が先手を打った。
「こ、此度は申し訳御座いませんでした!」
謝罪の言葉と共に土下座をするのは、私の斜め後ろに座る喜多だ。
顔は青ざめており、決死の覚悟で宗麟に許しを請う。
その姿を横目でチラリと確認する私。
別に謝らなくて良いのに、と口を尖らせながら一言呟いた。
聞こえたのか、喜多は腕を伸ばし私の頭を鷲掴みにする。
目を光らせ、顔は笑ってはいるが、どこか怖い。
「ささっ、姫様もー!」
「ふぎゅー!」
腕に力を入れ、私を強制的に土下座の姿勢に仕立てる。
誰が土下座なんてするか。
と、背中に力を入れ抵抗しようとするが、喜多の腕力は凄まじく上体を上げることが出来ない。
「さぁ姫様も宗麟殿に詫びを――」
「い、や、だ!」
今度は頭を掴んでいる手に力が入る。
「痛だだだだ――!」
割れる! 頭が割れちゃう!
このままでは喜多にリンゴを握り潰すかのように頭を破壊されてしまう。
死因が味方の侍女によっての頭部握砕なんてシャレにならない。それどころか笑いものだ。
仕方ない、ここは喜多達の顔を立てるつもりで謝ろう。
勝ったのは私なのになぁ……。
そう思いながら私は渋々謝罪の言葉を口にする。
「蹴ったりしてすみませんでした……」
「……ッチ、良い。賭けに勝ったのはお前ぞ。謝罪など必要無いわ」
それ見た事か、と私は横目で喜多に視線を送る。
宗麟が気を失ってからの短時間、私達はこの後どうしたら良いか相談をしていた。
内容は謝る、謝らないの二択だったのだが、そこで喜多と左月の親子喧嘩が始まったのだ。
私はもちろん謝るつもりなどなかったのだが、それに乗ってくれたのが左月だった。
一国の主とはいえ、伊達の若姫に刃を向けた事に怒っていた。
左月は私の事となると、少々私情が出る。
どちらかと言えば孫娘に近い感覚なのかもしれない。政宗にもそんな傾向があるため、その正室である私にも同様な扱いをしてしまうのだろう。
結局結論は出なかったのだが、土壇場で喜多が強行策に出た形となったのだ。
「まぁ負けたのは宗麟様だからね。どんな形であれ受け入れるべきさ」
「わかっておるわ。……全く、誾千代は敵なのか、味方なのかわからんのう」
ため息をつく宗麟を見て大笑いをする道雪。
流石は儂の娘じゃ、と高々と声を上げた。
「同盟の件……じゃったな。とりあえず、ラブリーの口から詳しく話せ。宗茂の書状だけじゃと正直わからん」
「ラブリー言うな……。わかったわ、じゃあもっかい最初から説明するわね」
私は宗麟に何故九州へ出向いたのか、その説明を詳しく話した。
「……ふむ。簡潔に言えば伊達の天下取りに加勢しろ、とな? それで報酬としては領土拡大と?」
「その通り! 今の織田政権を終わらせて、伊達がごっそり天下を頂く! そのために大友家は伊達に味方なさい!」
「いや、そこまでは書状にも書いておった。問題はその先じゃろ」
宗麟は宗茂からの書状を開き、私の前に出す。
「お主の言っている事は既にこれに書かれておる。儂の知りたいのはどうやって領土を拡大……いや、奪還するのかじゃ。今の大友には今の領地を守るだけで精一杯じゃて」
この時期の九州では『九州三国志』と呼ばれるほど、三国がバチバチにやり合っていたのだ。
……というのは表向きの話で、中身は勢力を増し続けている島津と龍造寺のほぼ二強。耳川の戦い以降、衰退が止まらない大友は二国の影に隠れていた。
その理由に宗麟のキリシタン熱が大きく影響しているのは言うまでもない。
「奴らは目を光らせて大友が攻め込んで来ないか常に見張っておる。そう簡単に領土の奪還など出来んぞ」
「フフ、今はね……」
意味深な笑みに誾千代が反応する。
「今は?」
「そう、今は動けない。だけど、一年後にそのチャンスはやってくるわ」
私の言葉に周りがざわざわと騒がしくなる。当然の反応だ。
宗麟が一度その場を静め、再度私にその言葉の真意を聞く。
「どういう事じゃ? 一年後、何かが起きるのか?」
「戦が起きるのよ、島津と龍造寺でね」
「戦⁉ そんな馬鹿な……。何故じゃ? 何故そう言い切れる?」
「なんでだったかなぁ。確か龍造寺の誰かが島津に裏切るんだったと思うんだけど……。ねぇ、この地域の大名が載った地図ってあるかしら?」
私の言われた通りに宗麟は小姓に九州の全体絵図を持って来るよう指示を出した。
小姓は持って来た絵図をふたりの間に広げると、道雪や紹運、誾千代も同時に覗き込んだ。
「あーこれこれ。肥前の島原地方(現在の長崎)にいる有馬って奴ね、確か」
「有馬⁉ まさか、あの有馬
「あら、お知り合い?」
「知り合いも何も、儂と晴信は同じキリシタン仲間よ。昨年
天正十年、本場のキリスト教を学ばせようと九州のキリシタン大名が四人の少年をローマに送った。
これが『
主な目的は日本でのキリスト教の布教のために知識と援助を求め海を渡ったのだが、約八年後に帰国した時にはキリスト教を弾圧する動きが強まっていたため、布教は思うようにいかなかった。
その原因は帰国する三年前に豊臣秀吉が『バテレン追放令』を出した事によるものだった。
だが、現在織田信長は生きている。
どちらかと言えばキリスト教に寛容な漢ではあるため、今の歴史なら布教は許されるかもしれないが。
「じゃが何故じゃ? 何故晴信が龍造寺を裏切ると分かる?」
「えーと……、それは……」
その問いが一番困る。
私は元々未来の日本から来た人間だ、なんて言っても信じてもらえないだろう。
だが、ここで宗麟を信じ込ませないとそもそもの計画が台無しになってしまう。
(あんまりこういう力技は好きじゃないんだけど、しかたないか……)
私はとある決断をした。
「それは……私が神の化身だからよ!」
胸に手を置き、堂々と噓八百を語る私。
本当はもの凄く恥ずかしい。誰がこんな中二病全開のセリフ吐きたいと思うだろうか。
突然の神宣言に、部屋にいる人間は皆呆気にとられてしまう。
お前達も何とか言え、と私は後ろを振り向き、ウィンクで合図を送った。
緊急時に使う合図。
これは私の言っている事に合わせて欲しい、という合図だ。
それに気づいたのか、喜多達はドキッとした表情を見せる。
最初に反応を返したのはお打だった。
「ソウ、ソウナンスヨー! 姫様ハ神様ノ化身デシタッスー! ハハハ……」
(いやいやアンタ、演技ヘタクソ過ぎるでしょ! それでも忍びか!)
それでいて妙にまごまごとしている。お打に関しては逆効果だったかもしれない。
まぁ急に事を振った私が悪いのだが。
でも私の
生前、お打に瓜二つな少女も私のムチャ振りに良く対応していたものだ。
「そ、そうなんです! 姫様は神通力の使い手でして――、ねぇ父上⁉」
「お、おう、そうじゃったそうじゃった! 姫様はこう見えて信長様に一目置かれているゆえ、摩利支天の生まれ変わりとも呼ばれておったのう。ワハハー!」
いいぞ、流石は血の繋がった親子だ。阿吽の呼吸で話を合わせる。
それに光秀が摩利支天と呼んでいたのだ、嘘ではない。それ即ち信長の言葉と捕らえても差し支えないだろう。言った本人はもういないのだけど。
信長のお墨付きなら奇跡的に信じてくれるかもしれない。
不安を感じつつ身体を向き直す私。
そんな私を見て、宗麟は鼻で笑い返す。
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