ドン・フランシスコ③

「……ん? ……はて?」


 ドン・フランシスコと名乗る漢は近づくと、首だけを傾げる。

 目の前にいるのは、付き合いの長い家臣である道雪と紹運。久しぶりに顔を合わせたであろう道雪の娘、誾千代。


 それだけではない。

 見た事の無い人物が五人もここにはいるのだ。首を傾げても仕方がない。


 十字架のポーズを解くと、ドン・フランシスコと名乗る漢は自慢の長い髭触り始めた。


「……なるほどのう。そうか、そうか」


 何かに納得した様子で歩き出すと、宗麟は私の目の前で止まる。


「あなたは神を信じますか?」

「はぁ?」


 意味が分からない。

 私からした当然の反応だった。

 

「あなたは神を信じますか?」

「いや、アンタマジ何言ってんの⁉」


 まーた始まった、と誾千代は私の袖を引っ張る。


「とりあえず『信じます』って言っときな」

「はぁ? 何でよ?」


「話が進まないんだよ、これ。形だけで良いからさぁ」


 しょうがない、と私は渋々了承する。

 ドン・フランシスコの問いに「信じます」と答えると、漢は満面な笑みを見せた。


 次のターゲットは喜多達である。

 私の対応を真似して、四人とも「信じます」と即答する。


 ホクホクの笑顔で上座に戻るドン・フランシスコ。

 置いてあった聖書スタンドを移動させると、ゆっくりと腰を下ろす。


「今日は良き日じゃ。ほれ、お前達も腰を降ろせ」


 ドン・フランシスコの指示で、私達は腰を下ろした。

 ひとりひとりをじっくりと見定め、漢は私に視線を向ける。


「ふーむ、良い眼じゃ。娘、名を何て申す?」

「……愛姫」


「ほう、愛姫か。中々良い名をしておるが、ちと信者となるには堅い名よのう」

「……?」


「うーむ……。そうじゃ、ラブリー! お主は今日から村田ラブリーと名乗るがよい!」


 ふざけてるのか。

 と、思うが漢の眼は真剣そのものである。ちなみに何故村田なのかは、私……もとい愛姫が村田家出身だからだろう。


 後ろから「ぷっ! ラ、ラブリーとか面白過ぎるっス……」と声が聞こえる。

 声の主はお打だろう。怨みはないが後でシメる、と私は心に決めた。


「殿……、洗礼の真似事はやめてくだされ……」

「そうだぞ、宗麟様。アタイ達は遊びでここに来たわけじゃないんだからな」


 やっぱりそうか、と私はため息をつく。


 このドン・フランシスコと名乗る漢こそ、名を大友宗麟。

 大友家第二十一代目当主にして、ここ丹生島城の当主であった。

 

 既に家督は長男である大友義統よしむねに譲っているのだが、隠居してもその力は大友家で強く、息子の義統とは上手くいっていない。

 と、ゲームの説明文に書いてあったのを思い出した。


「バッカもん、遊んでなんかおらんわ! 儂は府内(現在の大分県大分市中心部)をキリスト信者にとっての総本山に仕立て上げたいのじゃ! そのためにはまだまだ信者は足りぬ。だからもっともっと集めなければならんのじゃ!」


「なーにが総本山だよ、くだらない。そんな事に呆けているから、島津だけじゃなく龍造寺にも負けてるんじゃないか! もう少し大友の総大将として自覚を持ったらどうだい!」


 おおっ! 流石は誾千代である。相手が主君であろうが構わず怒号を飛ばした。

 誰もが言いたかった事を代弁して誾千代が叫ぶその姿は、まるで雷神の化身にも見えた。


 こんな女将じょしょうがひとりの武将の正室に埋もれているのは勿体ない。

 私は何故道雪が誾千代を僅か七歳で立花山城の城主にしたのか、その理由に理解する事が出来た。


 問題はもう片方だが……。


「誾千代ぉ……。言いたい事はそれで終わりかのう?」


 当然そうなるだろう。

 言ってる事は正しくても大衆の前で説教をされ、恥をかかされたのだ。宗麟としては面白くないだろう。


 ましてや誾千代は女だ。

 女性差別があーだこーだの未来とは違って、ここ戦国時代ではそれなりの棲み分けは存在する。


 道雪の娘であり、宗茂の正室と位のある女性ではあるが、本来当主にそんな言葉使いは許されない。


「言いたい事はそれで終わりかと聞いておるのじゃが?」

「ああ、まだまだ言ってやるよ! こんな胡散臭い宗教にハマって仲間をまとめられない殿様なんていらな――」


 これ以上はまずいと思ったのか、さらに噛みつこうとする誾千代を紹運が押さえつける。

 まるで一瞬の出来事だった。


「グゥ――! 何するんだい⁉ 放せ!」

「この大馬鹿者が! 殿に向かって何たる無礼な! 少しは自分の立場をわきまえよ!」


 道雪殿も何とか言ってくれ、と助けを求める紹運だったが、肝心の道雪は腹を抱えて笑っている。

 娘のピンチだというのに呑気な漢だ。


「よい、紹運。誾千代が怒るのは無理もないのじゃ」

「……殿」


「きっと誾千代は信仰者が少ないのに不満なんじゃろ。じゃが安心せい。儂は府内に巨大な大聖堂を作る予定じゃ。さすれば神の力を得たも同然、信仰者が増えるのも時間の問題じゃて!」


 ちがーう! と、誾千代の声が響き渡る。


(ダメだこりゃ……)

 

 私は誾千代の両腕を押さえつけている紹運に解放を求めた。


「もういいでしょ。誾千代も暴れてないんだし解放したら?」

「愛姫殿……」


「誾千代も誾千代よ。全然話が進まないじゃない……。とりあえず本題を済ませてからその話はしましょう」


 誾千代は小さく「そうだね」と謝り、暴れないから解放してくれと紹運に願い出る。

 紹運もそれに応じすんなり解放してくれた。


「で、宗麟さん。手紙……見てくれたんでしょ?」

「手紙? ああ、宗茂が送りつけてきた書状の事か。同盟の話じゃったかのう」


「それで……どう⁉ オッケーしてくれる⁉」


 私は右手の親指と人差し指で丸を作り、宗麟にオッケーマークで可愛くアピールをした。

 その問いに、宗麟は無言でゆっくりと立ち上がった。


 先ほど同様、腕を大きく広げ十字架のポーズをとると、ゆっくりと両腕を頭上に上げていく。

 

(なるほど。そこで大きな丸を作って、私の小さい丸に対抗しようってわけね)


 演出は少々うざいが、まぁ許してやろう。

 しかし、宗麟は丸を完成する直前で胸元に大きくバツ印を作る。しかも、人を小馬鹿にしたような変顔もセットでだ。


「ダメ――!」

「はぁ⁉ キッモッッ! 死ねよ、お前――!」


 その気持ち悪い顔に一発蹴りを入れてやろう。

 察知されたのか、私は喜多によって両肩を押さえつけられる。


 こっちもこっちで一瞬の出来事だった。


「何で⁉ 理由は⁉」

「理由? そんなもの、ここにキリシタン王国を作る邪魔となるからに決まっておろう」


 さらに、宗麟はこう言葉を続けた。


「それに何故我らが伊達の夢物語に付き合わんとならんのじゃ! そんな時間と兵など大友には無いわ!」


 最初の理由は置いといて、最後の理由はごもっともだ。今会ったばかりの人間に力を貸すなど虫の良い話。

 一応は大友家の当主。そこまで馬鹿ではなかったようだ。


「タダ……でとは書いてなかったでしょ⁉」

「フン、領土を取り戻す手助けをするってやつか。簡単に言いおって、相手は島津と龍造寺ぞ? そんな簡単にいく相手ではないわ!」


「大丈夫。ちゃんとプランだって考えてあるもの」

「ぷ……らん? 意味の分からん言葉を使いおって。それよりキリシタン王国の建国こそが急務なのじゃ! さすれば神『イエスキリスト』が必ずや大友に力を貸してくれるであろう! 戦はそれからでも遅くはないであろう、アーメン」


 宗麟の表情は先ほどとは違い晴れやかになる。

 やはり領土を失った事、家臣を失った事より、司教としての活動が大事な様子。宗茂の言った通りだ。


 誾千代、紹運の表情は険しい。道雪もさっきまでは笑ってはいたが、今は真剣な表情だ。こんな殿様いてたまるかと、悔しさがにじみ出ている。

 気持ちはわかる。だが、私からしたらチャンスでもあった。

 

 なら代弁してあげよう。

 と、私は人を小馬鹿にするように口を開く。


「あーあ。やっぱダメね、アンタ。こんなんじゃ大友家も近々消滅、神頼みしかできない腰抜け当主じゃねぇー」


 部屋が一瞬で凍り付く。

 私の挑発に応えるよう、宗麟は初めて武人としての表情を見せたのだ。

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