ドン・フランシスコ④
「んん? すまぬ、よう聞こえんかった。もう一度言ってくれんかのう?」
「何度でも言ってやるから、耳の穴かっぽじってよく聞きなさい! アーメンだかラーメンだかよく知らないけど、神に頼る事しか出来ない負け犬は布団にでも包まって、十字架でもシコシコ擦ってなさいって言ってんのよ!」
ついでに中指でも立てておこう。
私の挑発に、宗麟の顔に青筋が立つ。
「村田ラブリー……。誾千代の友ということで多少の無礼は見逃してきたが、気が変わったわい」
ラブリーだけは恥ずかしいのでやめて欲しい。
宗麟は小姓を呼びつけると、持っていた刀に手を掛けた。
喜多達は咄嗟に身構える。
しかし、武器等は城に入る前没収されているため対抗手段がない。
出来る事といったら身を挺して私を守る事ぐらいだ。
四人はつま先立ちに切り替え、いつでも動けるよう準備を整える。
「待て待て待てッ! 何やってるんだい、愛! それと宗麟様も! ふたり共、どうしてそうなっちゃうんだい⁉」
相手の感情を逆撫でするようなセリフを吐く私と、無防備な女相手に刀を取る宗麟。
誾千代は焦った表情でふたりの中に割って入った。
「そこ退きなさい。このキリストオタクのハゲ茶瓶は一発焼き入れないとダメみたいだから」
喧嘩上等。
私は立ち上がり、指ポキをしながら宗麟を睨みつけた。
未来の日本では子供に対しての体罰や社会でのパワハラなどはかなり問題視されてきたが、そういう意味では大友家をひとつの大企業に例えると分かりやすのかもしれない。
自分の私欲に呑まれ、戦う事すら忘れたトップには一度キツイお仕置きを与えなければならない。
生前ではありえない鉄拳制裁という言葉が一番輝き、許される場面だ。
「小娘の言う通りじゃ、誾千代。奴には神に変わってこの儂が仕置きをしてやらんといかん」
宗麟の顔も本気だ。同じ事を考えている、そんな顔だった。
一度出した牙は仕舞えない。
口に溜まった唾を飲み込んだ時、宗麟の刃が誾千代を越え私に襲い掛かった。
私はその斬撃をバックステップで躱す。
初動が分かりやすかったため、不意とはいえ簡単に避ける事が出来た。
「貴様ぁ――、大友宗麟! よくも姫様に刃を降ろしおったな!」
本格的に斬りつけた宗麟を見て最初に立ち上がったのは左月だ。
目は血走っており、密かに隠し持っていた脇差を抜く。
「爺、手を出さないで……」
私は無謀にも脇差で切りかかろうとする左月に止まるよう促す。
それでも左月の怒りは収まらない。
「しかし、姫様――」
「手ぇ出すなって言ってんでしょーが!」
私の一括が部屋に響き渡る。
左月も驚いたのか、顔からは先ほどの血走った表情が抜け落ちていた。
「大丈夫、私がこんなクリスチャン野郎になんか負けるもんですか! 大船に乗ったつもりで観戦してなさい!」
「ひ、姫様……」
良い空気を断ち切るように、宗麟の追撃が私を襲う。
横目で躱すと上座の方に移動し、聖書を立て掛けていた鉄製のスタンドを奪い取った。
重さはかなりある。学校のマイクスタンドとほぼ同等だろう。
ブンブン振り回せる物ではない。
だが、何も無いよりはマシである。
私はスタンドを武器代わりにし、支えの部分を宗麟に向けた。
「ねぇ、賭けをしない?」
「むぅ、賭け……じゃと?」
「そう。私が勝ったら同盟の件は吞みなさい。それと家臣達の話をよく聞く事。宗教の話じゃなくて、今後大友家はどうしていくべきなのか。……どう?」
誾千代達は驚いていた。
報酬に伊達とは全く関係ない事を盛り込んでいる事。それは大友家臣が宗麟に今望んでいる事でもあったのだ。
この一言は周りにいる家臣や小姓の感情を揺らすには十分だった。
もはやどっちが味方で、どっちが敵か分からなくなっている。
寧ろ、本当の狙いはそこにある。
下手に邪魔でもされたら流石に敵わないからだ。
「ふん、面白い。じゃがラブリー、お主が負けた場合どうするんじゃ?」
宗麟は私が負けた時の内容を問う。
「私が負けたらキリスト教の普及活動やら好きにこき使うといいわ。ここにいる仲間も、何なら伊達のみんなもね」
「ほぉ、面白い……」
賭けを申し込んだのはこちら側だ。それ位のリスクを背負うのは当然だろう。
喜多、お打、左月。一緒に船へ乗ろう。大丈夫、この船は大船だ。沈みはしない。
そう思っているのだが、喜多達は首を横にブンブンと振っている。
(肝の小さい奴らめ……)
私は見て見ぬふりをし、宗麟に視線を戻す。
「よかろう。独眼竜の正室が人質となれば、交渉材料としては十分。吐いた唾は吞めぞ?」
「ええ。アンタも約束守りなさいよ」
交渉成立。これで心置きなく戦える。
私と宗麟は構え直し、すり足で互いに距離を詰める。
「ふん!」
先に動いたのは宗麟。
踏み込みと同時に、下から刀を振り上げる。
「よっと!」
先ほどとは違い、持っていたスタンドで攻撃を受ける。
刀を叩き付けた振動が直で手に伝わって来る。
次はこちらの番だ。
宗麟の刀を振り払うと、私は鉄製のスタンドを槍代わりにして宗麟の身体目掛けて突き出した。
しかし、私の攻撃はあっさりと躱されてしまう。
「わははは! なんじゃそのへっぴり腰は! 蠅でも飛んでるかと思ったわ!」
「うっさいわねー! 余裕噛ますのは全部避けてからにしなさいよね!」
虚勢を張った間に合わせの槍術では赤子も同然。
笑い声を上げながら、宗麟は涼しい顔で私の攻撃を全て捌いてみせた。
「姫様! 槍は突き出すだけではいけません! 薙ぎ払うなど他にも攻撃方法はございますよ!」
的確なアドバイスだ。
喜多は左月顔負けの槍の名手である。私の素人丸出しの槍術を見てられなかったのだろう。
突き出し。薙ぎ払い。斬り上げ。
全て喜多が訓練で見せてくれた技法……なのだが、興味がなかったためほとんど覚えていない。
それより地面に刺さった槍の上に腕を組んで立っていたのは今でも鮮明に憶えている。
何に使えるのかはわからないが、漫画やアニメで出てくる強キャラっぽくて好きだった。
それを見ていた左月に「己の一部を足蹴りにするとは何事じゃ!」と怒られていたのは言うまでもない。
「そうだった――っわね!」
アドバイスに従い色々な攻撃方法を試すが、全て軽々と見切られてしまう。
そもそもこのスタンド重いのだ。
両手持ちでもズッシリと伝わる重量感。普段こんな重い物を持たない私には少々荷が重い。
私が肩で息を始めだすと、宗麟は防御から一転、反撃に切り替える。
「ラブリー……、お遊びも仕舞いじゃ!」
「ぐ……!」
次々と繰り出される斬撃に防戦一方。
スタンドの中心部を使い何とか防ぎきるのだが……。
「あっ……」
金属がぶつかり合う音とはまた違う、シュンッとしたような音と共に、スタンドが真っ二つに切られてしまった。
これではもう槍として機能はしない。ただただリーチの短い鉄製の鈍器である。
「もうその道具は使い物にならん。刀と素手では勝負は分かりきっとる。諦めるがいい」
「諦める? まだ始まったばかりじゃない」
「先ほどの槍術でお主の腕前はようわかった。所詮は一国の姫君、足軽の足元にも及ばんわ」
「それは心外ね。まだまだ私は戦えるから、さっさとかかってきなさいよ!」
「……どうなっても知らんぞ!」
宗麟は再び私との距離を詰めようと突進する。
リーチが短い武器となった私は既に怖くないといったような動きだ。
それを見た私は、宗麟の顔目掛けて切り離されたスタンドの一本を投げつける。
「ぬ!」
当然弾かれてしまう。
「折角の武器を手放すとは。早くも諦めた――ゴハァァ!」
何かを吐き出した時のような耳障りな声を出す。
宗麟の腹にはスタンドのもう片方がめり込んでいた。
私は一本目を投げると同時に、もう一本も時間差で下から投げつけていたのだ。
最初に投げたスタンドは敢えて視線を逸らすためのブラフ。
見事に宗麟は二本目を見失い、不意打ちの鉄塊ボディブローをもろに受ける事となった。
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