ドン・フランシスコ②
「こちらです」
「こちらです……って、ココ⁉」
私が戸惑うのも無理はなかった。
紹運に案内された場所には大きな見慣れた扉が一枚。今の時代には全くマッチしない、西洋風の扉があったのだ。
引き戸だろうか。押し戸だろうか。
いや、そもそも何故こんな扉にしたのだろうか。
明らかにミスマッチな造りに、私は困惑した。
「アハハ、無理もないね。これは殿が
「はぁ……、これは随分と派手に造ったわね……」
「愛、こんなのまだ序の口だよ……」
「ん?」
誾千代は扉を開けるよう促してくる。どうやら引き戸のようだ。
私は扉の取っ手を掴み、横にスライドさせた。
「キャ――!」
私は思わず悲鳴を上げてしまった。
扉を開けて現れたのは、大きな女性。手には光輝いた子供を抱いている。
「……せ、聖母マリア?」
「え⁉ 驚いた、知ってたのかい」
「あ、うん。まぁ……見た事あるぐらいだけど……」
私は突如現れたマリアの絵に触れた。
これはのれんだ。強大な絵かと思ったものは、よく見ると中央で半分に割れている。質感も布に近い物だ。
(ここを潜れって意味よね)
私はのれんを割り、部屋の中に入る。
「ゲッ……」
思わず声に出てしまった。
目の前に広がる風景は、見慣れた和室……ではない。
真っ白な壁紙に、立てかけられた木製の十字架。黄金に輝く上半身裸の男が貼り付けにされている。
上座にあるのは聖書だろうか。スタンドがポツンと立っており、上にはページの開かれた本が置かれている。
そして何より引いてしまったのが、最奥にある二枚の絵。
一枚目はキリストだった。
聖書を左手に持ち、右手を天に仰ぐ。本やネットの画像検索でもよく見かける、誰もが認めるザ・キリストっぽい絵だった。
問題は二枚目である。
キリストとは逆の手で聖書を持ち、刀を持った手を天に掲げているハゲた漢の絵。表情はとても凛々しい。
(こいつがもしかして……)
そう思った時、私の左側から野太い声が聞こえる。
「ほぅ、伊達から参った同盟の使者とはお前の事か?」
目をそちらに向けると、同じくハゲた漢がその場に座っていた。
「同じハゲ頭……、アンタが大友宗麟?」
「いきなりご挨拶じゃな、小娘」
「何よ、ハゲてるのは事実じゃない。それ以外にどう表現したら良いのよ?」
「初対面でいきなりハゲはいくらなんでも失礼であろう。伊達家は教育すらまともに出来ない田舎の家系であったか?」
同じハゲ頭でも顔つきが違う。こっちの漢の方が迫力はある上、身体もガッシリしていて強そうである。
だが、自分や伊達を小馬鹿にされるのは
私は座っている漢に近づき、ヤンキー座りでメンチを切った。
「はぁ? 聞き捨てならないわね。こちとら赤ん坊の時から英才教育叩き込まれてんだ、九州の田舎侍と一緒にすんじゃないわよ!」
「ふむ。そのエーサイ? 教育ってやつは分からんが、まだ乳臭さが抜けてないようじゃ。ここは赤ん坊の来る所ではない、さっさと
負けじと言い返してくるハゲ頭の漢。
「えーオッサンもしかして英才教育って知らないのぉ? そんなのも知らないなんて、プークスクス! ウケるんですけどー!」
「お前さんが言うエーサイ教育とやらは、馬鹿で失礼な乳臭い奴を量産する教育のようじゃな。そんな教育ここでは流行らんよ」
売り言葉に買い言葉とはよく言ったものか。
私の挑発を見事に躱し、漢は冷静に返す。
正直、気の短い私はレスバがあまり得意ではない。
そのためか徐々に怒りがこみ上げ、こめかみをピクピクと震えているが自分でもわかった。
「カッチーン。もうあったまきた! そのサッカーボールみたいな頭、あそこの二枚絵の間に蹴り飛ばしてやるわ!」
「ハッハ! 眼だけは一丁前じゃの。良いじゃろ、この場で二代目千鳥の錆にしてくれる! 刀を抜けぃ!」
部屋に入るなり喧嘩を売る私に驚いたのか、喜多達は開いた口が塞がらない様子だった。
身内に喧嘩を売ったせいか、誾千代は下を向きプルプルと身体を震わせている。
これはやばい。
そう思ったのか、喜多は何とか誾千代を抑えようと試みる。
「ぎ、誾千代様ー、申し訳ありません! うちの姫様は決して悪気あって言ってる訳では――!」
「…………」
「許されないのであれば、この喜多ここで腹を斬りまする! ですから、姫様の御命だけは何卒――!」
「…………」
話を聞いてないのか、誾千代は下を向いたまま私達の元に向かって来る。
そして――。
「父上――!」
「グフゥゥ――!」
助走をつけた誾千代が叫びながら漢に抱きついた。
勢い余ったせいか、誾千代の頭が脇腹にめり込む。その反動で、漢は背中から倒れてしまった。
「父上父上ー! 会いたかったぞー!」
「お、お前は誾千代⁉ 何故ここに⁉」
「アタイが案内役を買って出たんだ! それでこの子が伊達政宗の正室 愛姫だよ!」
「なんと⁉ このクソ生意気な小娘がか⁉」
この誾千代が抱きついている漢こそ大友宗麟の家臣でもあり、彼女の父でもある道雪だったのだ。
どうやら今回の一件で、紹運と同様、丹生島城に呼ばれたようだ。
「……これは失礼。拙者、立花道雪と申す。お主の事は別で娘から聞いておった。面白い友が出来たと……」
誾千代はここ数日の出来事を、一足早く道雪に報告していたようだ。
彼女がこの場に介入したことで、場の空気は一気に和みつつある。
「愛。ちなみに父上は髪の毛の事結構気にしてるから、あんまり揶揄わないでおくれ」
道雪が雷を切り裂いた話は有名だが、下半身不随と共にもうひとつ失ったものがある。
それが髪の毛だ。
当時は非常にモテたため、下半身が動かなくなった事より髪を失ったほうが辛かったらしい。
でもまぁ、先に喧嘩を売ったのは私だ。ここは先に謝っておこう。
「それは悪い事言っちゃったみたいね、ごめんなさい。でも、ツルツル頭も案外悪くないじゃない。少なくともそこにあるふたつの絵よりは断然イカしてるわ!」
「そ、そうかー? 若い娘にそう言われると悪い気はせんのう! ガハハハッ!」
案外チョロかった。
イカしているのは嘘ではない。太い髭と野太い声が、またそのハゲ頭と合うのだ。誾千代の親父っぽいといえば、親父っぽい感じがする。
「それより誾千代……。お前達、まだ跡継ぎを作らんのか?」
「……作らないよ。ってか宗茂になんかにアタイの身体は絶対に触らせない、汚らわしい!」
「お前のう……。儂ももう七十を過ぎとる。いつ死んでもおかしくない故、早く孫のひとつぐらい見せておくれ……」
「――ヤダ。まぁ宗茂以外だったら考えなくもないかなぁ。あー勿論、アタイより強いのが大前提の話だけど!」
そう笑顔で話す誾千代の言葉に、道雪は目頭を摘まみため息を漏らす。
彼女と宗茂の仲はずっとこんな感じなのだろう。
とは言っても城主を変える事は出来ない。それだけ宗茂の才能は大友家でも群を抜いている。
それに盟友の紹運から無理言って譲り受けた養子でもある。そんな友を裏切るような事は出来ないのだろう。
じゃあ側室(世継ぎを産むための
宗茂は意外とピュアなのか、側室は存在するのだが手を出す気配が全く無いそうだ。誾千代が色白の美人のため、他に目がいっていないとも噂されている。
「お前より強い漢なんてそうおらんわい。全く……、儂は育て方を間違ったのかのう……」
「そうだぞー、アタイが強いのは父上のせいだからなー。だから孫は諦めな」
「……はぁ、簡単に言いおってからに……」
「そんなことより父上、宗麟様はどうしたんだい? 折角来たのに見当たらないじゃないか……」
そう、この部屋には宗麟らしき絵は飾られているが、肝心の本人は存在しない。
道雪は「直にわかる」と覇気のない声で答えた。
すると、奥にあるキリストと宗麟らしき絵から声が聞こえた。
「誾千代、儂はここぞ」
ゆっくりと奥の絵が左右にずれる。
これは襖だ。キリストと宗麟らしき絵は、襖に直接書かれていたのだ。
そこから現れたのは、真っ白い牧師のような服を着た、両腕を左右に伸ばしたハゲ頭の漢。絵に描かれた人物とそっくりな漢だ。
眩しい。
ハゲ頭もそうだが、漢の奥にある馬鹿デカイ金色の十字架が光を反射する。
(うへぇ……。まさかコイツが……)
「待たせたな、迷える子羊達よ。儂こそが神の代弁者、ドン・フランシスコじゃ」
漢は十字架のポーズを保ちながら、自身をそう名乗ったのだ。
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