第十話 ドン・フランシスコ①

 宗茂は中々気の利く奴だ。

 誾千代だけでなく、護衛の兵まで数人貸してくれるとは。それだけ今回の件に期待しているのだろう。


(それにしても、大友宗麟そうりんかぁ……。そんなにブルッちゃってるのかしら)


 私は馬に乗りながら宗茂の話を思い出す。

 あの漢の言う事ですら全く聞かないとは、相当な曲者であることに間違いない。

 

 丁度隣に誾千代がいるので、聞いてみるのも悪くは無いだろう。


「ねぇ。アンタんとこの殿様ってどんな人なのよ?」

「え……、うーん……まぁ変わった殿様だよ……」


 物事をハッキリ言うタイプの誾千代が、随分と歯切れが悪い回答をする。やはり相当な曲者のようだ。


「宗茂が説明した通り、かなり異国の宗教にのめり込んでしまってね。キリスト教……だっけか? 困ったもんだよ……」


「そんなにハマってるの?」

「ハマってるってもんじゃないよ! あの方は豊後ぶんご(現在の大分県)をキリシタンの国にしようとしてるんだ。想像出来るかい⁉」


 元々は禅宗ぜんしゅう(仏教の一つ)を拠り所にしていた宗麟だったが、その後ひとりの男との出会いがを彼の考えを大きく変える事になった。

 日本中でその名を聞いた事ない人なんていないぐらいに史実でも有名だ。


「あの男さえ現れなければ……」


「……フランシスコ・ザビエル?」

「なんだ、知ってたのかい……。そう、南蛮から来た胡散臭い河童野郎さ」


 ――フランシスコ・ザビエル。


 宗麟がキリスト教にのめり込んだ要因となった宣教師である。

 ザビエルは宗麟の力を借りて豊後で宣教する事を許可されるのだが、それが後々の大友家臣と対立を生む原因となるのだ。


「この前なんて久しぶり会ったと思ったら『誾千代はいつ入信するんじゃ?』だって。あー、あほくさ……」


 そこの所は宗茂も興味がないため、立花家が巻き込まれているわけではないようだ。

 誾千代の文句はまだまだ続く。


「耳川の戦だって、宗麟様が前線にいれば勝ててたかもしれないんだ! それをあの馬鹿殿はぁぁ――!」


 主のことを馬鹿殿とは……。中々誾千代も怖いもの知らずである。


 天正六年(一五七八年)、場所は日向国ひゅうがのくに

 元々その地を収めていた伊東家は『木崎原の戦い』にて島津家に敗北する。


 その後、伊藤家は次第に力を失い島津に日向を奪われると、隣の大友家に助けてほしいと懇願する。

 島津を追い返した暁に日向の北半分を貰う約束を取り付けると、大友家は日向に向けて兵を出陣させるのであった。


 これが耳川の戦いへ発展した全容である。


 結果、兵力で圧倒していた大友家だったが、島津の十八番『釣り野伏せ(囮作戦)』をもろに受け敗北する。

 が、これがそもそもの敗因ではないと誾千代は言う。


「国の総大将が戦場に向かわず、港でキリシタンの理想郷作りなんてやってれば、そりゃ勝てる戦も勝てないわ……」

「アハハハ! 随分と面白い殿様ねー!」


「面白くないよ……。周りにあった寺社仏閣じしゃぶっかくだってみんな壊しちゃうし、殿不在で味方の士気は上がらないし、大変だったんだから……」


 本気で領土を取りに来る島津と、なめてかかった大友。

 戦う前から勝負はついていたのだろう。


 そんな問題を抱えた国の主に、私は今から同盟を申し込みに行くのだ。

 正直不安しかない。


 だが、戦国最強と呼ばれた夫婦を味へに加えるには仕方がない事。

 相手が殿様だろうが、キリストオタクだろうがやってやるつもりだ。


(それに薬師の件のあるからね……)


 薬師寺という薬師を知らないか。

 と、私は宗茂に尋ねていた。


 宗茂は「聞かない名だ」と答えたが、どうやら宗麟がその手に関して詳しいらしい。

 もしかしたら有力な情報を引き出せるかもしれないのだ。


「まぁ安心なさい。アンタんとこの殿様は、私が見事改心させてやるわ!」

「ああ、頼むよ。アタイは殿さえやる気になってくれればそれで良いからさぁ」


 元の強かった大友家に戻る。それが立花家の願いでもあった。


 ――――――――――


「着いたよ。ここが殿のいる丹生島にうじま城さ」

「へぇ――、噂には聞いてたけど、本当に海の上にあるのね! まるで天然の要塞だわ……」


 宗麟のいる丹生島城は東西南北を海に囲まれた特殊な城である。

 干潮の時のみ西側が陸地と繋がるため、それ以外の時間には城に入る事が出来ないのだ。


 私達が到着した時刻は干潮にはほど遠く、陸路は海に飲み込まれていたため、渡り船で城内に入る事となった。


「おお、良く来たな誾千代。待っておったぞ!」

「お久しぶりです、義父上」


「うむうむ、しばらく見ない内にまた一段と綺麗になりおって! ……っとそちらが例の?」

「はい。書状でもお伝えした通り、伊達政宗殿の正室 愛姫様とその御一行様です」


 城に入ると、ひとりの家臣が出迎えてくれた。

 誾千代らしくない、随分と丁寧な言葉使いで目の前にいる漢を対応している。


 それに目も笑っていないし、若干煙たそうにも見える。


「おお! 遠路はるばるよくお越しいただいた! 拙者 高橋紹運じょううんと申す」


 ――高橋紹運。


 風神の異名を持ち、誾千代の父である道雪同様、大友家を代表とする家臣である。

 宗茂の実父でもあり、誾千代の義父にもあたる存在だ。


 なるほどね……、と私は誾千代の態度が変わった理由を理解した。


「書状でも伺っておりますぞ。甘味屋で誾千代を賊から助けて頂いたとか……。その武勇、流石独眼竜の姫君で御座いますな!」

「義父上。今はそんな事どうでも良いので、早く殿の所まで案内して頂けませんか?」


 突然の塩対応である。

 紹運は宗茂を婿養子に出した漢だ。それは宗茂ほどではないが、誾千代にとって恨む対象のひとりでもあった。


(それにしてもこの対応は……。息子の嫁にこんな対応されたら、そりゃ泣きたくもなるわね……)


 城を案内する紹運の背中がそう語っているようにも見える。

 紹運も本当は養子に出したくなかっただけに、中々複雑な関係である。後で誾千代にはもう少し優しくするよう言っておこう。


 城を案内される最中、私は高台に設置された大量の大筒おおづつを発見する。

 興味があったため見て良いかとお願いすると、紹運は快くそれを承諾してくれた。


 私は上機嫌で大筒が設置されている高台へと登った。


「ほー、これが噂の……」


 ――フランキ砲。


 別名『国崩し砲』とも呼ばれている。

 日本で最初に使われた大砲ともされ、宗麟が初めて輸入したとされる西洋兵器のひとつだ。


 ただし、大砲としての性能は非常に悪く、大金を使った割には活躍しないと言われ、『自国崩し砲』と悪名付けられていた。


「へー、思ってたより小さいのね」

「気に入ったかい?」


 大砲を隅々まで観察していると、誾千代が高台へ登って来た。

 顔つきもさっきまでの強張った感じではなく、ハツラツとした良い表情をしている。


「ええ。イラストで見ていたものより随分とスマートだな……って」

「い、いらすと? どういう意味だい?」


「大した意味じゃないわ。さぁ、案内の続きをお願い。大友宗麟、会うのが楽しみになってきた!」


 ふたりは高台から降りると紹運達と合流し、城の中に消えていった。

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