最強最悪の夫婦④
島津とは九州地方の下半分を統治する戦国大名の名だ。
その中でも、島津四兄弟の名は特に有名である。
長男である島津
今から五年前、天正六年(一五七八年)に大友宗麟は
これは『耳川の戦い』として史実に残る。
結果は大友家の惨敗。重臣を数多く失っただけでなく、国内からも多くの反乱が起きた。
同時に龍造寺(九州上半分の西側)の勢力拡大もあり、先の戦で弱っていた大友は領土を次々に失ってしまう。
元は九州全土の約半分を統治していた大友家も、今ではその半分以下と完全に勢いを失っていた。
そのため、島津という名は立花家にとってもライバルと同時に、
「プッ……、ククク――。アハハハ――!」
誾千代は突如笑い出した。
一時曇った表情を見せたが、今は腹を押さえて笑っている。
「……誾千代」
「同盟? 島津? 何だいソレ⁉ アンタ達、いつまにそんな芝居仕込んだんだい⁉」
「……芝居?」
「だってそうだろ。伊達は
誾千代の言う通り、伊達が九州の大名と同盟を組むメリットは薄い。
ネックなるのは、やはり距離だ。
陸路を使うにも遠すぎて現実味はないし、お互い辿り着くまでに他国を通りすぎている。
簡単には通してくれないだろうし、出兵がバレればお互いの領土が手薄になっている事も知られてしまう。
海路を使っても同じだ。陸路より安全かもしれないが、動力が風と人力のみのこの時代では安定に欠ける。
それに性能だって悪い。大人数を移動させるには、やはり陸路が最適解なのだ。
「いくらなんでも遠すぎるし、そんなの島津だって了承しないだろうよ。アハハ、もうちょっとまともな噓をつきな!」
「…………」
「それにね、愛。冗談でも島津の名を出すのはやめときな。アタイの友人とはいえ、言い方次第では、今後首と胴が繋がってる保証はしないよ?」
「――っ!」
この威圧感……久しぶりだ。
心臓をキュッと握られたような圧迫感、獣が首筋を噛みつきそうな危機感。政宗の父である輝宗と会った時にソックリである。
誾千代は冗談で言っているのではない。本気だ。
さっきまで無邪気に笑っていた少女はいない。いるのは獲物を狙う狩人。
目の前にいるのは『戦国最強の夫婦』であり、『戦国最悪な夫婦』だ。それ以上でも、それ以下でもない化物を相手にしている。
逃げるな、私。伊達の天下取りはここから始まるんだ。
と、愛姫は自分の心に鞭を打ち続ける。
「フフ、何言ってんの。私がいつ島津と同盟を組むって言ったかしら?」
愛姫の言葉に喜多達は内心戸惑う。
九州に来た理由のひとつが、九州最強の島津と同盟を取りつける事だったからだ。既に話し合いの書状だって送ってある。
それを否定されては本末転倒。
だが、この場ですぐに訂正する事は死に直結する可能性がある。喜多達は愛姫に任せるしかなかった。
「じゃあ、同盟って何処と⁉ まさか龍造寺かい⁉」
「違う」
「はぁ? 訳が分からないよ! そもそも同盟ってのが嘘なのかい⁉」
「あったま固いわね、アンタ。全部よ、全部」
部屋にいたほとんどの人間は、愛姫の言っている事が分からず沈黙する。
ただひとりを除いて。
「ま、まさか⁉」
宗茂が突如して立ち上がる。
驚きを隠せない表情に、愛姫はニヤリと笑ってみせた。
「そう。
そうドヤ顔で宣言する愛姫。
九州連合軍とは島津、大友、龍造寺の三国を含めた九州全土を意味する。
面積だけなら同盟軍として過去最大級。
愛姫の暴挙とも言える計画に、皆開いた口が塞がらない。
「ななななな、何を言っておるのじゃ、姫様⁉」
愛姫の無茶苦茶な宣言に焦ったのか、左月が声を上がる。
当然と言えば、当然の反応だ。
(だって、今考えた計画だからねー)
滅茶苦茶なのはわかっている。
外面からみたら子供の戯言にも聞こえるだろう。
「――爺、私達の最終的な目標は何かしら?」
「…………え?」
左月は戸惑う。
そもそも島津との同盟が最終目的だと思っていたのだが、それは愛姫によって否定されてしまっている。
だが、この状況ではどうしようも出来ない。恐らく適当に言っても、相手側に見切られてしまうだろう。
左月は愛姫の言葉を信じる事にした。
「……九州連合との同――」
「ちが――――う!」
え? 違うの? と放心状態の左月。
喜多達も愛姫の言っている事に混乱している。
混乱するのも無理はない。途中からは完全なアドリブだ。
だが最終的な着地点だけは変わらない。それはここに来る前から決まっていた事でもある。
静まり返った部屋の中で、愛姫は拳を握って見せた。
「私達の最終目標は『伊達で天下を頂く』事! そのためだったら私は、たとえ遠くても欲しいものには積極的に手を伸ばすわ!」
喜多達は再認識した。
相手は相馬でも島津でもない、織田である事を。
生半可な計画では確実に足元をすくわれる。
確実に勝つには、相手が思ってもいない事を常に行わなければならない。
『先んずれば人を制す』
前世で父が好きだった言葉。商売人らしい競争事を楽しむような言葉だが、唯一尊敬できた部分でもある。
先に物事を起こせば有利になる。それは愛姫の魂に深く刻まれていた。
「チンタラ領土争いなんてやってる場合じゃないのよ! 今欲しいのは、織田軍に匹敵する力と知恵なの!」
中央政権を押さえている織田に勝つには、物量だけでは足りない。
普通考えられないような、常人が思いつくような策では駄目なのだ。
「改めて言うわ。
「お、織田と
愛姫は首を縦に振る。
嘘偽りない、自信に満ちた顔である。
宗茂と誾千代は驚愕する。
現時点の圧倒的な力を持つ織田に喧嘩を売ろうとしている国があろうとは。そんな事想像もしていなかった。
勝ち負けとかの話ではない。ふたりは愛姫が戦場に新たな風を吹かせてくれるのでないかと予感する。
「……フフ。愛、アンタ普通の姫様じゃないと思ったけど、ここまで面白い奴だったとはね。……アタイ嫌いじゃないよ」
愛姫の夢のような野望に、誾千代は心を弾ませる。
「ふむ、その意気や良し。私も今の大友には失望の念すら禁じえていませんでした」
「じゃあ……」
「立花はその案に乗りましょう。
宗茂も非常に乗り気だ。
理由は立花側にデメリットがあまりないからである。説得に失敗しても「やっぱり駄目だった」で済ませれば良いのだ。
それに対して、成功した時の見返りは大きい。
島津との戦に敗れて以来縮こまっている大友家をなんとかしたい。
愛姫という起爆剤を送り込めば、もしかして殿の気持ちも変わるのかも。
と、宗茂は思っていた。
「案内役には誾千代を同行させましょう。是非、殿の曇った眼晴らしていただきたい!」
深々と宗茂は愛姫に頭を下げた。
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