最強最悪の夫婦③

「……ん……うん」

「あっ。姫様、父上が目を覚ましたようです!」


 部屋に運んで半時一時間も立たないうちに、左月は目を覚ました。

 部屋には愛姫含む女性が三人と左月のみ。お付きの男は下町の宿へ予約の取り消しに向かっていた。


「……む、ここは? 儂は何故布団に?」


 どうやら状況が飲み込めていないらしい。

 喜多は左月が気絶するまでの過程を丁寧に説明する。


「ひ、姫様ー⁉」

「何よ⁉ いきなり大声出して……」


「ご、ご無事で良かった……。もしも何かあったら若になんて説明すればよいかと……」

「……っ……」


 安堵しきった左月をみると、どうもバツが悪い。後で責任を擦り付けた事は謝っておこう。


「そんな事より姫様、何故このような所に⁉」


 これにも色々と理由があるのだ。

 愛姫は左月たちが宿の手配に向かってから起きた一連の騒動を説明する。

 

 勿論、愛姫だってこんな所に来る予定はなかった。

 誾千代に半ば強引に連れて来られたのだと訴える。


「……なるほど。しかし、参りましたなぁ……」

「そうね。まさか、同盟を結ぶ側の敵国の城にいるなんて。流石に予定外だわ……」


 愛姫達の九州遠征の目的、そのひとつに同盟がある。

 その同盟を持ち掛ける相手とは九州の約半分を収めている名門 島津しまづ家であり、立花家を家臣に持つ大友家はバリバリの敵対国なのである。


 出来れば早く撤退したい所だが、ここまで来て無理やり帰るのも怪しいかな。

 と、愛姫は頭を悩ませた。


「父上があんな所で倒れなければここへ留まる必要はなかったのです!」

「な、何じゃと! そもそもお前達が甘味屋になんて寄らず、大人しく待っておればこのような事は――」


 始まった。三度の飯より多く見る親子喧嘩。

 甘味屋に寄った原因はお打なのだが、肝心の本人は遠い目をしながらふたりを見つめている。


 仕方がないので、愛姫がその喧嘩に割って入り、ふたりの言い争いを止める。


「あーもう、喧嘩すんな! こうなったのはしょうがないでしょ。本当ならこの町に休憩がてらちょっと滞在する予定だったけど、明日に出れば関係ないわ」

 

「ですが、簡単に解放してくれるでしょうか……。伊達家はどこの領主とも交流がないとはいえ名家。そこの姫様が動いてるとなると、怪しまれるのは必至かと……」


「そんなのノリと根性でどうにかするわ。大丈夫こんな修羅場、喧嘩で単身殴り込みに行った時より大した事ないっての!」


 胸を叩き、謎に自信満々の愛姫。

 お打と左月はそれを見て不安しか覚えないのだが、喜多だけは惚れ惚れとしていた。


 すると、部屋の外から愛姫達を呼ぶ声が聞こえる。どうやら食事の用意が出来たようだ。


「とにかくアンタ達は私に合わせなさい。喧嘩で鍛えたど根性ってやつを見せてやるわ!」


 ――――――――――


「んー美味しー! 伊達領内じゃこんな美味しいお魚食べた事ないわー!」

「だろだろ! ここは海が近いからさ、鮮度が良いのよ! あっ、これはね――」


 誾千代が説明して、愛姫が食べる。九州の新鮮な魚介に、地元で採れた野菜や山菜の料理に箸が止まらない。

 今日初めて会ったふたりとは到底思えず、周りから見たら親友同士が楽しく食事をしているようにも見える。


 それとは逆に、喜多達は食事が喉を通らない。

 いつ宗茂達に「どうして九州に来たのか」と尋ねられるのではないかと思うと、緊張して箸も動かない。ここは敵陣と一緒、失言ひとつで首が飛び、毒だって盛られているかもしれないのだ。


 そう思うと愛姫は良く言えば肝が据わっているし、悪く言えば不用心とも言える。

 だが、愛姫は「私に合わせろ」と言った。悠長にしているが、何かしらの策があるのだろう。

 

 信じる事しか出来ない喜多達は、愛姫を横目に宗茂の動きに警戒するのだった。


「愛姫殿、ひとつ聞いてもよろしいか?」

「……何かしら?」


「何故九州に参られたのですか? 旅芸人ではなかった……、そうなれば他に目的があったのでしょう?」


 さっそく来た。

 宗茂は酒を飲みながら、愛姫に九州へ来た理由を問う。


「宗茂……、アンタ空気読みなよ。ここは楽しく食事をする場……、そんなの終わってからにしな!」


 険悪な表情に変わった誾千代が宗茂を睨む。横やりを入れられたせいか、非常に機嫌が悪くなる。

 まるで虫を見るかのように視線を送るが、反して宗茂は笑っていた。これがいつも通りと言わんばかりにゆったりと寛いでいる。


 普段から誾千代と宗茂の関係はこんな感じである。

 誾千代が一方的にいみ嫌い、宗茂はそれをあやすかのように受け流すのだ。


 そもそもこうなった原因は、道雪が宗茂を養子に取り、立花山城を継がせた事にあった。

 以後誾千代は城主ではなくなり、宗茂の正室となる。

 

 子供の頃から道雪に鍛えられ、七歳の時から立花山城を守ってきた誾千代。プライドだってあった。

 それが、たった一瞬で養子の漢に奪われ、嫁にまで出されたのだ。宗茂を厄介者扱いする感情を持ってもしょうがないのだ。


「楽しく食事をする場……か。これを見てもそう思うのか?」


 愛姫以外はほとんど食事に手を付けていない。皆この場の空気にやられてしまっているのだ。

 ただし、お打は別である。彼女だけは団子の食べ過ぎでお腹いっぱいになっていた。


「アンタのせいだ。アンタがいなくなれば皆楽しく食事が出来る。とっとと出て行っておくれ!」


 誾千代の冷たい言葉に、宗茂は「ハハハ」と笑って返す。

 これで出て行くような人間ではない事はわかっていたのか、誾千代は大きくため息をついた。


「でもまぁ……アタイも気にはなっていた。何故伊達の姫様達が九州にわざわざ来たのか、それなりの理由があるんだろ?」

「観光……じゃ駄目かしら?」


「駄目だね。アイツ宗茂はああ見えて結構鋭い。そこだけは評価してるんだよ。じゃなきゃ、寝首を搔いてでも殺してるよ」


 宗茂が小さく「嬉しい事を言ってくれる」と呟くと、誾千代は箸を取り投げつけた。

 

 宗茂は首だけを曲げ、それを躱す。


 投げられた箸は二本共後ろの壁に突き刺さってしまう。

 日常的に誾千代が宗茂に投げた物の傷痕だろうか。よく見ると、壁には他にも無数の穴が開いており、中には刃物傷などもあった。


「……これ、誾千代。箸は食事を楽しむ物。クナイみたいに投げては、職人に失礼だろう」

「ケッ! アンタが気持ち悪い言葉を吐かなきゃ投げてないよ」


 愛姫と政宗の仲もそこまで良いわけではないが、このふたりに比べれば幾分とマシである。

 敵から命を狙われるのであればまだ良いが、味方からではナンセンスだ。

 

 そう思うと、伊達の姫様に生まれ変わったのはわりと幸運だったのかもしれない。

 と、愛姫は思った。


「話を折ってしまって申し訳ない、愛姫殿。今一度聞きましょう、何故九州へ?」


 宗茂は笑顔で愛姫に再び問いかける。


「……同盟よ。私達は同盟を結ぶために九州へ来たの」


 言ってしまった。愛姫以外の四人は一段と顔を青くする。

 嘘を言っても、このふたりの前では長くは続かない。愛姫はそう結論付けたのである。


「同盟⁉ もしかして、大友家とかい⁉」


 誾千代の言葉に、愛姫は首を縦には振らなかった。

 それは同時に決別を意味する。誾千代の表情が曇り始めた。


 宗茂はわかっていたのだろう。誾千代とは違い、落ち着いた状態から口を開く。


島津しまづ……ですね」


 宗茂の衝撃的な言葉に、部屋にいたほぼ全員が凍り付いた。

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