最強最悪の夫婦②

 増時は愛姫達をとある部屋の前まで案内すると足を止める。この部屋の中に城主と先に案内された喜多とお打がいると言う。

 障子戸の前には小姓が座り、いつでも部屋に入る準備は整っていた。


「愛、別に気を使わなくていいからね。適当に挨拶だけ済ませたらアタイの部屋に行こう」


 アハハ、と苦笑いをする。誾千代は簡単にそう言うが、愛姫は少し緊張していた。


 それもその筈で、愛姫は他国の大名の部屋に入るのが初めてである。例えるなら、初めて友達の家に上がる時の感覚に近い。

 見慣れない内装に独特の匂い。自分以外のテリトリーに入ってしまったという事実が気分を高揚させるのだ。


 ワクワクしながらも一呼吸置き、城主がいる部屋の前に愛姫は一歩近づいた。


「え?」


 突如として感じる違和感。

 部屋の中から刀が障子を貫通し、愛姫の腹部を貫く。噴き出る血が小袖を赤く染め、内臓を抉られるような痛みが愛姫を襲う。


「グゥ……ア……ア……。な……んで……⁉」


 何故刺されたのか分からない。

 ただこのシチュエーションは、皮肉にも生前に味わった惨劇を彷彿とさせるものだった。


「……ご」


 また同じ。こんなにあっさりと。薄っすらとなる意識の中でひとりの叫びが頭に響く。


「――愛! しっかりしな!」

「……ッハ⁉」


 意識を取り戻した愛姫は腹部を確認すると、そこには刀など刺さってはいなかった。

 

 幻。

 部屋に一歩近づいた瞬間見せられたのは、部屋の奥にいる者から放たれた殺気による幻影だったのだ。


 怖い。

 だが部屋の中には喜多とお打がいる。逃げるわけにはいかない、と口に溜まった唾液を飲み、小姓に障子戸を開けさせた。


 ゆっくりと開いた部屋の奥には城主と思われる漢が凛として座っている。

 寸分の狂いのない正しい姿勢。モテそうな整った顔。そして肉食系女子が好きそうなガッシリした身体。


 先ほどの殺気はコイツが放ったのか。想像とはかけ離れた人物に、愛姫は部屋に入るもそのまま立ち尽くしてしまった。


「ハァァ――――!」


 突然漢に飛び掛かり、愛刀を振り下ろす誾千代。分かっていたかのように、漢は座ったまま脇差でその斬撃を受け止める。


「お前、アタイの客人になんて事を! 殺してやる――!」

「…………」


 誾千代は怒りに任せ無数の斬撃を繰り出す。その顔はまるで血に飢えた獣のようだ。

 

 対して漢のほうは冷静だ。

 遊んで欲しい、と強請る子供をあやすように振り下ろす刃へ脇差を合わせた。


「落ち着け誾千代、客人の前ぞ」

「お前のせいで愛が! くそっ、放せ! 放さないとお前等まとめてぶった切るぞ!」


 騒ぎを嗅ぎつけたのか、ゾロゾロと人が現れ頭に血が上った誾千代を押さえ、無理やり静止させる。


「……ですが、私も少々やり過ぎました。この通り許して欲しい」

「……ええ? ああ、その……私の仲間は……」


 愛姫に城主と思われる漢が頭を下げる。やり過ぎたとは先ほど向けられた殺気の事だろうか。

 横には喜多とお打が並んで座っている。とりあえず無事だった事に愛姫は胸をなでおろした。


「本当に申し訳ない。ただ、目の前に虎が現れたら誰だって警戒するでしょう?」


 笑いながら愛姫を虎と表現する。


「……そうね。虎は怖いもんね」

「ご理解痛み入ります」


 漢は立っていた愛姫に座って欲しいと声を掛ける。

 誾千代のほうもようやく観念したのか、落ち着きを取り戻し胡坐を搔いてふたりを眺めていた。


「おっと、まだ名を名乗っていませんでしたね。拙者、立花山城城主 立花宗茂むねしげと申す」

「たっ、立花宗茂⁉」


 立花宗茂。大友宗麟の家臣である高橋紹運じょううんの元嫡男ちゃくなん

 男児に恵まれなかった道雪が紹運にしつこくお願いした事で、養子として譲り受けた。


 雷神の化身と呼ばれた道雪によって厳しい教育を受けた事により、その実力は九州で右に出るものはいなかったという。

 後の天下人 豊臣秀吉が「東の本田忠勝ただかつ、西の立花宗茂」と称えたのは有名な話である。


(さ……最強キャラキタ――!)


 生前ソシャゲで『人権』と呼ばれていたひとり。

 誾千代と名が一緒だっただけに「もしや……」と思っていたが。意外な漢に出会えて興奮が収まらない。


(ピックアップガチャでも中々出ないと噂の超レアキャラ! それが私の目の前に――!)


 思わず顔がにやけてしまう。喉から欲しかった超レアキャラが目の前に座っているのだ。

 

 お金を出せばいくらでもガチャは回せただろう。だが、生前の愛華はそれをしなかった。

 金に物を言わせた行為なんてつまらない。そのため毎月ガチャに仕えるお金は一万円までと勝手に決めていたのだ。


「――ンン!」

「――ハッ⁉」


 喜多が咳ばらいをしながら合図を送る。随分と顔がだらしなくなっていたらしい。

 いかんいかん、と顔を両手でパチパチと叩く。


「申し遅れました。私は――」

「愛姫殿……ですよね?」


「――なっ⁉」


 宗茂は今確かに「愛姫」と言った。バレているのだ。

 旅芸人として名を隠していたのに知っているということは、誰かが喋ったに違いない。愛姫は真っ先に喜多とお打を睨みつけると、ふたりは違うと首を左右に振る。


「アッハハハハ! やはりそうで御座いましたか! 今のやり取りで確信に至りましたよ!」

「やはりそうって……。あっ! まさかアンタ⁉」


 してやられた。初対面の相手を引っかけようとは、中々大胆な漢だ。

 それに自分も不用心だった、と愛姫も反省する。


「……何々、どういう事? 愛が……姫?」

「はぁ……。誾千代、まだ分からんか。お前の連れて来た客人は、ただの女芸人ではないという事だ」


「芸人じゃない⁉ それと姫がどう関係するんだい?」

「着ている服を見ろ。たかが旅芸人はこんな上等な物を纏わん。お付きの方も同様じゃ。これだけで名家の者であると分かる」


 状況がいまいち理解できない誾千代に、宗茂が説明する。

 ようやく理解できたのか、「なるほど」と相づちを打つ。着ている服が上等かどうかは分からなかったようで、誾千代はその辺りの知識には疎いようだ。


 愛姫の桃色の髪や髪型も決め手になったそうだ。九州ではそのような目立った女性はまずいない。


「奥州で桃色の髪をした姫様が暴れている。噂は九州にも届いておりますよ」

「奥州⁉ って事はちょっと前噂になってた独眼竜の⁉」


 驚いた表情で誾千代が尋ねると、愛姫は首を縦に振る。初陣とはいえ、政宗の情報がもう九州に広まっているとは驚きだ。

 通りで強いと思った、と誾千代も愛姫の強さに納得している。


 すると、バタバタと何やら廊下が騒がしくなる。慌てたような足音は徐々に近づいて来て、愛姫達がいる部屋の前でピタリと止まる。


「姫様――! 愛姫様ぁー、ご無事であられるか⁉」


 騒がしく部屋に入って来たのは左月とそのお付きの男だ。

 宿の手配が終わり戻ったものの誰もいないため、騒ぎがあった甘味屋で事情を聞いた所、桃色の髪の女性が紫色の髪の女性と城の方に向かったと聞き駆け付けたのだ。


「やあ、爺ぃ……」

「やあ、爺ぃ。じゃ御座らん! あれ程騒ぎを起こすなとお願いしたではありませんか!」


 これには事情があるのだ。そう左月に説明するが、焦りと怒りからか全く話を聞こうとしない。

 そんな状況を見て気を利かせたのか、宗茂が左月に頭を下げる。


「いやいや、寧ろ愛姫殿には感謝しております。甘味屋で妻を助けていただいたようで――」

「ゲッ! そ、其方は立花宗茂殿⁉ それに愛姫って……。何故その名を……」


 愛姫が左月を指差す。焦っていたため、自分で「愛姫」と叫んでしまっていたのだ。

 既にバレていたが、墓穴掘った左月にすべてを擦り付ける。


「し、しまっ! 儂のせいで姫様ががが……」


 左月はショックのあまり、顔を真っ青にして泡を吹きながら倒れてしまう。この辺りは親子なのか、喜多と同じく精神的にあまり強くないらしい。

 

「おやおや、愛姫殿も人が悪い。これでは話が出来る状態ではなくなりましたな」

「墓穴を掘ったのは事実だからね。いつもガミガミ言う爺には良い薬よ」


「ハハハ。それでもそちらの方には悪い事をした。是非、今宵は当城でゆっくりしていって下され」


 男性陣の部屋も貸してくれるようだ。

 愛姫達は気絶した左月を持ち上げ、意識が戻るまで部屋に待機をする事にした。

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