九州上陸③

 立花誾千代。北九州東部の支配者 大友宗麟おおともそうりんの家臣である道雪どうせつの一人娘。後に、戦国最強の女武将として名を轟かす事となる。

 

 道雪は世継ぎの男児に恵まれず、誾千代を立花山城の城主にしようと試みるが、当然主君である宗麟は反対。養子を貰って、その子に家督を継がせるよう説得した。

 

 しかし、自身の血筋に拘った道雪は半ば強引に誾千代を立花山城の城主にする。当時誾千代の年齢は七歳だった。

 

「それにしても愛の戦いっぷり気に入った。なぁ、うちに寄ってけよ。どうせここに数日は滞在するんだろ?」

「え?」


 突然のお誘いに戸惑うが、お付きもいるし、左月が宿を探しに行っている事を誾千代に伝える。

 だが、誾千代は食い下がらない。


「そんな身なりで宿に入る気かい? 多分断られそうだけど……」

「あっ……」


 愛姫の綺麗な桃色の髪はみたらし団子のタレでベトベトになっており、着ている服にも茶の汚れなどが染み込んでいた。

 確かにこんな状態で宿に行ったら入れてもらえないかもしれない。「うーん」と愛姫はどうしようか考える。


「だからうちに寄ってけよ! 風呂だってあるし、何なら泊まってけよ!」

「い、いや流石にそれは迷惑になるよ……。気持ちだけ受け取っておくわ」


 風呂だけならまだしも、泊まるとなったら五人分である。それにお金に困っているわけでもないので、多めに払えば宿だって受け入れてくれるだろう。

 家へ招く誾千代に断りを入れるが、愛姫は既に片腕を掴まれていた。


「いいから来いって!」

「わわわ! ちょっと!」


 余程愛姫を気に入ったのか、もの凄い力でグイグイと腕を引っ張りながら店を出る誾千代。

 とりあえずそのままにはできないため、喜多とお打もふたりの後を追う。


 ――――――――


「ここがアタイん家だよ!」

「は?」


 下町を超えて山を登る。随分と変な所に家があるのだなと思っていたが、案内された家は巨大な城であった。

 後ろから付いてきた喜多とお打も驚きを通り越して顔が青ざめる。


「ま、まさか貴方様は……?」


 喜多が恐る恐る誾千代に名前を聞く。喜多とお打は店内での愛姫と誾千代の話は聞いていない為、この銀髪の女性が誰だかわからなかった。

 だが、この城の城主は知っている。喜多とお打は喉に溜まった嫌な唾を呑み込む。


「あー愛のお付きの人にはまだだったね。アタイは立花誾千代だよ、よろしくな!」

「た、立花誾千代――⁉」


 ふたりは同時に叫ぶと、喜多がフラフラと倒れてしまう。間一髪お打が身体を支えるが、喜多の口から「終わった……、終わった……」と聞こえると共に魂も抜けてるように見えた。


 喜多は愛姫が誾千代に粗相をしてしまったのだと勘違いしている。そのため城へ連行され打首にされると思い込んでいるのだ。


「何やってんの……。私は客人として招かれてるのよ」

「ん、どうした?」


 誾千代は心配になって声を掛けるが、愛姫は「気にしないで」と誾千代に答える。

 喜多を休ませるための部屋を借り、お打を残すと、誾千代と愛姫は風呂場に向かった。


 ――――――――――


「カァー生き返る!」


 身体を洗い終わった誾千代は熱々の湯船に浸かりながらオッサン臭いセリフを吐いた。愛姫は髪に付いたみたらしのタレが中々落ちず苦戦している。

 城の下女に洗うのを手伝わそうかと聞かれたが、丁寧にお断りした。同姓とはいえ、他国の使用人に洗わせるのは流石に気が引けてしまう。


 指先で丁寧に髪を洗いながらお湯を掛ける愛姫を横目で見ながら、誾千代が口を開く。


「それにしても愛の体術すげーな! どこで習ったの?」

「その手の専門家を雇ったのよ。なんだったか忘れたけど、日本で数少ない拳法だって言ってたわね」


 へぇー、と興味津々に愛姫の話を聞く誾千代は湯船の中で刀を抜いた時の構えを両手で作る。


「アタイも子供の頃から剣術習っててさ。強い父上のようになりたい、って思いながら毎日刀を振ってたよ」


 弧を描くように右左と両手を振りかざすと、透明の刀を握る手の側面が湯船に当たりお湯を弾く。

 誾千代の腕からは筋肉がびっしり浮き出ている。昔から刀を振っていたのは嘘ではないだろうし、茶屋で男を投げ飛ばした力も頷けた。


「みんな反対してたよ、女なのに品が無いって。でも、こんな時代じゃん? 女とか関係ないよ。アタイはここ立花山城の城主。強くないとダメなんだよ!」

「城主⁉」


 まさかの城主様だったとは、と誾千代の一方的な振る舞いに納得がいった愛姫。ソシャゲで名前だけは聞いた事があったが、そこまで権力のある人とは思っていなかった。

 

 汚れを取り終えた愛姫は髪をお団子状に結ぶと、湯船に入るため誾千代の所に向かう。


「……アイツが来るまでは」

「え?」


 湯船に足を浸けた愛姫が誾千代の方を見ると、歯をギリッっと噛みしめさっきまで明るかった表情も曇りを見せていた。


「ごめん、何か言った?」

「ん、いや何でもないよ! 独り言さ、アハハハハ!」


 聞き取れなかったので誾千代に聞き直したのだが、笑って誤魔化されてしまった。

 

 愛姫が湯船に入ってしばらく経った後、誾千代はお湯の中に隠れている愛姫の脚を触る。心なしか触り方がいやらしい。


「な、何⁉」

「いやぁ――、あんな蹴りを放つ脚はさぞかしゴツイんだろうなぁって思ったけど、意外と細いんだなぁって。ねぇ……、もっとよく見せてよ」


 愛姫の右足を湯船から持ち上げると、指先から膝までじっくりと眺める。


「よくわかんないなぁ……。ねぇ、按摩マッサージしていい?」

「えぇ⁉」


 ではでは、と聞いておきながら愛姫の返答は待たずに誾千代は按摩を始める。

 足の指と指の間に右手を入れ、左手は持ち上がった右足をスリスリと優しく撫でながら時には揉んでみせた。


「んっ⁉ ちょっ⁉ やだっ!」

「へぇー。アタイ按摩すると大体筋肉の付き具合とかわかるんだけど、愛のはよく判んないわぁ」


 白くて雪みたいな肌。プニプニとしたお餅のような弾力。微かに通過する甘い香り。

 按摩を続ける誾千代の表情も段々と好奇心を抑えられなくなっていた。


(やだっ……、誾千代のマッサージ超気持ちいいかも……。こんなの知っちゃったら――)


 指を噛み、緩んだ表情を見せまいとを必死に耐える愛姫。我慢した愛姫の顔を見た誾千代は楽しくなってきたのか、按摩をする手を加速させる。


「ちょ、ちょっと⁉ なんで速くなって⁉」

「アタイの按摩はこれからが本番さ。それに、気持ち良いなら声我慢しなくていいんだよ?」


 誰が出すか、と加速する按摩を顔を赤くして必死に耐える。往生際が悪い愛姫に誾千代は禁じ手にでる。


「ばっ⁉ アンタ、どこ触って⁉」

「だってーここに筋肉があんまり無いって事は、脚を支えているココ……が怪しいよね?」


 誾千代が次に触れようとしているのは、湯船に隠れている太ももだ。ゆっくり、ゆっくりと這いつくばるように愛姫の太ももに手を伸ばす。

 ゾクゾクする感覚に、我慢していた愛姫の口から甘い声が漏れ始めた。


「んあっ! やだぁ……もうやめっ!」

「えーここじゃないのかなぁ……。もっと奥ぅ?」


 忍び寄る手が太ももを超えようとした時、愛姫の我慢も限界に達した。


「い、いい加減に……しろ――!」


 怒った愛姫は右足を湯船に叩き付ける。衝撃で湯しぶきが飛び、頭上から暖かい雨が降り注いだ。

 お湯を頭から被ったことにより、ふたりの顔に冷静さが戻る。


「ハァ……ハァ……。アンタ……調子乗りすぎ!」


 これ以上はいけない、と顔を真っ赤にして説教をする愛姫。流石にやり過ぎたのか、誾千代も詫びを入れる。


「ごめんよ、愛……。ささ、左足も気持ちよくするから脚上げて?」

「もう、やだ!」


 慎み人の話を聞く子になって欲しい。その願いを込めて道雪は自身の子に「誾」の字を付けたのだが、親父に似たのか誾千代も人の話を聞く性格ではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る